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vol.44  小雪「ゆべし」11/22~12/6


 東京でお店を構えていた頃から今も、なぜか食べ物をよくいただく。それは甘いお菓子やパンのこともあれば、お惣菜ということも。祖母譲りの食いしん坊が顔にでも書いてあるのだろうか?
 三春では季節の野菜や果物も多く、しっとりとした畑の土をつけた採れたてのものだったり、スーパーではなかなか出回ることのない土地ならではのものだったり。初めて出会ったサツマイモの茎は、簡単に調理できるようにと下茹でまでした状態でいただいた。シャキシャキの食感が蕗に似ているけれど、苦味がないのできんぴらや焚き合わせなどにも使いやすい季節のもの。ずんぐりむっくりの紅くるりは、外側も中味も鮮やかな紅色をした大根。パリパリの歯ごたえを残した甘酢漬けは、サラダやお弁当にもハッとするような色を添えてくれる。寒くなってくるとあちこちからいただく青首大根や白菜は、お漬物にしたり、蒸したり焼いたり、干したり。あれこれ工夫して、季節の恵みを最後までしっかり味わい尽くす方法は、この土地で教わりながら学んだこと。親しくなった方からのいただきものは手作りの一品ということも。我が家の食卓に加わるそうしたひと皿の美味しさは、お店では買えない家庭の味。知らない扉がまたひとつ開いていくような楽しさがあるのだ。
 三春で暮らし始めて間もない頃に、たくさんの柚子の実と一緒にいただいた手作りの「ゆべし」もそのひとつ。この辺りでゆべしといえば、「かんのや」で作られているお菓子のゆべしを思い浮かべる人が多いと思うが、いただいたものは、保存食でもある珍味のゆべし。こちらはくり抜いた柚子の中にクルミや松の実、ゴマなどを混ぜた味噌を詰め、蒸した後に和紙で包んで寒空の下で乾燥させたもの。発祥の地は定かではないが、源平の時代に生まれたといわれる保存食。「ゆべし」という名前は共通ながら全国各地で味も形も違うまま、今に伝わっていることが興味深い。下さった方も、以前にいただき物で食べたゆべしが美味しかったから、ご自分で作り方を調べて作ってみたとのこと。

「ちえさんなら作るかなぁと思って柚子も持って来てみたの」

そう言われたら私もつい作ってみようかという気になってしまうのだから調子がいい。
「たくさんもらったから食べるの手伝って」
この一言にも弱い。ついつい「ならばぜひ!」なんて自然と思わせてくれる、やさしさがあふれる言葉だ。
 ゆべし作りはそんなことがきっかけで、今では冬しごとのひとつに組み込まれるようになった。お味噌もそのために多く仕込むようになり、たくさんできた年には友人たちへ「ふるさと便」のごとくお福分け。
 干し柿がそろそろ出来上がって引揚げようかという頃、それに代わるようにてるてる坊主をさかさまにしたようなゆべしの姿が、冬の間軒下にぶら下がる。凍み大根ではないけれど、雪が降るくらいの寒さを越した方が、不思議と出来が良いような気がしている。
 ここ数年いただいている柚子の実は、高齢になるご夫妻が収穫している農薬を使っていないもの。柚子の枝にはトゲもあるし、大木のようで梯子を使うのは高齢の方には危険な作業。「今年で最後かもしれない」と、毎年いただく度に伺いながら数年経っていた。それが昨年の収穫が本当に最後になってしまった。お会いしたことはないけれど、おじいさんとおばあさんからの柚子は、買えない味と同じように私にとってはいつの間にか特別なものになっていたのだ。
 それでも作業の手は柚子の匂いがふわりと香りはじめると、しごとをしたいと疼き出す。はてさてどうしたものか、産直にでも買いに行こうかと考えあぐねていたら、ご近所の方に柚子の実をいただいた。ゆべしにするには可愛らしく小さな実だけれど、芳しい香りを放つ黄色の実は、福を分けてくれるように気持ちをホッと和ませてくれるのだった。