自己紹介(はせたく大人を見返す編)

こんにちは!はせたくです!

前回の続きです。

当時、クソガキだった僕は、小学5年生になった頃に、周りが塾に通い始めて自分も塾に行きたくなり、母を説得するも撃沈。

説得材料を探すべく「僕が勉強をしなくちゃいけない理由」を探していました。

最終的に僕が一番腹に落ちた勉強をする理由は、「大人を見返す」でした。

身から出た錆ではありますが、自分が貼られたレッテルも、成績が良ければ変わる事もあるんじゃないか、と思いました。現に成績の良い同級生はなんだか僕とは扱いが違うし。。

そんな理由をひっさげ、母に説得を再度試みました。

「勉強できるようになって、見返してやる。」と伝えました。

すると、母は快諾。

母もいろいろと調べてくれていたようで、ただ僕が行きたいという塾には行かせられない、行かせたくないとの事でした。

(理由は、毎晩遅くまで塾の近くのコンビニに小学生がたむろしてたり、周りが友だちばかりでは気が緩むだろう、との事。)

「でもその代わりに、勉強を教えてくれる人を探してきた!」

そう、母に言われました。

「本気で勉強したいんやったら、みんなが行ってる塾やなくても良いやろ?」

そんな感じで言われました。

母が言う、僕に勉強を教えてくれる方というのは、近くの商店街のかばん屋の店主さん(保護司の多田先生)でした。

どうやら、商店街内に部屋を借りて子どもたちに勉強を教えているんだ、との事。

なんだか思ってたのと違うと正直なところ思いましたが、僕から勉強したいって言ったわけですから、やるしかないといった感じでした。

(僕の母は中卒です。その背景はまた後述しますが、自分が勉強できなかった分、強制は一切しませんが僕や妹には勉強してほしい、いつかその時が来たら、そう思って多田先生に相談してくれていたようでした。)

当時の僕は小学5年生ですが、少し戻って4年生の内容から復習する事になりました。

正直なところすごく恥ずかしかったですけど、「塾とかだったらこんな事もできないんだろうな」と思いながら、宿題もたくさんやって、夏休みくらいまでで一気に復習を終わらせました。

あの時の感覚は今でも忘れられないのですが、どんどんわかる事が増えて勉強が楽しくなって、テレビゲームとかより全然勉強の方が楽しくなっていました。

当時はことわざを覚えるのがマイブームでずっとテキストを読んでいました。

気付いたら、学校の進度を大きく超えて、5年生のうちに6年生の内容まで終わらせていました。

5年生の終わりころには成績もうなぎ上りでした。

散々だった通信簿もほとんどが「よい」でした。

すると予想通り周りの反応が変わってきました。先生も同級生もびっくりしていました。そして学校生活がすごく過ごしやすいものになりました。

ちょっとちやほやされてる感じもして気持ちよかったです。笑

すべてが好転していきました。

元々スポーツは大好きでしたが運動神経は良い方ではなかったのですが、5年生のマラソン大会で2位になって、6年生では1位になりました。(それまでの最高順位は9位)

勉強は引き続き順調で、授業中に発表することも増えて、周りから勉強を教えてほしいと頼られるようにもなりました。

当初は「見返す」と卑屈になっていた僕でしたが、そんなことはどうでもよくなっていました。

本当にいろんなことが順調でした。

今を振り返ってもあの時、塾に行きたいって言わなかったら、母が真剣に取り合ってくれなかったら、そう思うと明らかに僕のターニングポイントであったように思います。

その後、僕は目標を上げて、6年生の冬の受験間際に私立受験をしてみることにしました。受験対策はゼロ、受かるわけもありません。(あの時、万が一受かったらめちゃくちゃ困ったわーとの母の談。笑)

受験をしたのは、関西学院中学部。

僕に勉強を教えてくれた多田先生へのあこがれから挑戦してみることにしました。

案の定、思いっきり滑りました。笑

点数を見たら、全受験者のうち下から2番目でした。

落ちるのは当たり前と思ってはいたけど、悔しすぎて帰り道でずっと泣いてました。

その時の帰り道で「高校受験でリベンジする」と決めて、母にも高校も受験させてくださいとお願いしました。

そんなこんなで、うまくいきかけていた僕の小学生生活の最後は挫折で終わりました。笑

(思い出が溢れてきて止まらないので、続きます。笑)

次は、「母の再婚と中学生活編」です。

はせたく

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