読み崩せ!積読昇華録② ─ミステリの春 連城三紀彦の2月
↓前のやつ
なんかもうびっくりするほど寒暖差が凄くて体調を崩しかけた月でした。遊戯王やったりライブ行ったりしたらいつの間にか終わってたものの、なんでかんで読書は継続してできたので有言実行は果たした。その代わりに発売日ちかくに買ったはずのグラブルリリンクを積んだりしましたが。いや何やってるの?
そんな感じで連城三紀彦に関連した作品を主に読んだ二月。ひと月前まで読んでたのは「戻り川心中」と「黒真珠」、「夜よ鼠たちのために」の三冊で、その中で好きな作品は戻り川心中、過剰防衛、裁かれる女でした。対戦よろしくお願いします。
①背中合わせ(連城三紀彦)
男と女、夫と妻、女と女…。関係性の綻びや胸を締め付ける慕情とミステリの「謎」を絡めるシチュエーションはまさしくお家芸といったところで、ひとつひとつは短めのボリュームながら抜き差しならぬ心理描写のやりとりや香り立つほどに濃密で、関係性の描写が強烈なだなぁ…と再確認。この作品に限ったことではないけど恋愛が絡むと途端に浮気がテーマとして鶴瓶うちされるのでモラルはどうなってんだモラルはと呟きたくなるのはご愛敬か。
直球なミステリだけでなく恋愛、もとい慕情をテーマにした短編集といった風味。紡がれた言葉や表情の裏に隠された、焦がれるような想いが手を変え品を変えてお出しされ、読み進めるごとに文章からにじみ出るような錯覚すら覚えて眩暈さえしてくる。
「鞄の中身」は、夫に横恋慕した小娘の母・吉岡が訪ねてくる…という、自分のホームに敵が(それも謝罪をしに)来るという状況ながら、謝罪と共にするりと始まる身の上話を聞いているうちに、いつの間にか己の半生を証明するかの如く夫婦仲を切り裂き吞み込まんとする熱量が溢れ出て、最後には打ち負かされたのではないか…?とすら感じさせる構成の迫力に息を吞む。
謝罪で訪問・化粧品のセールス業・冴えない吉岡の容貌など本来は弱みですらある属性が逆にしたたかな凄みを演出し、話が進むごとに思惑の底知れなさが加速してこちらの背筋を冷やしてくる。
「切符」は浮気というタブーをさらに父の過去、娘の現在に照応させるスリリングな会話の応酬がかなり好み。娘は父が犯した過ちを知り、父は己の影から娘が立たされている状況を察する…、互いに互いの言動に何を秘めて相手が何を察しているのか理解しつつも駆け引きしあうという、射程圏内に身を置き・置かれた緊張感が全編に渡って張り巡らされているのが堪らない。
娘の不倫を通して己の想いを再確認する未練や、父が犯した業を再生産しかけながらも浮気に苦しんだ母の涙が記憶に焼き付くラストの余韻が素晴らしい。台詞や描写にいくつもの心理の揺れ動きを託す表現が繊細すぎんか?
②もう一つの恋文
著者、連城三紀彦が出会った人々との何気ない場面からインスピレーションを得た作品の短編集。収録作の全てがミステリではないとはいえ、言葉や仕草の裏に隠した想いが錯綜しあう様が作風として確立していることもあって、男女の心が揺れ動く様に上品な余韻を感じさせる。
いやまあ一作目の「手枕さげて」はもう心情が錯綜どころか乱反射してない?みたいなレベルな屈折具合でさすがに面喰ってしまうところもあり…。
「俺ンちの兎クン」はミステリとしても男女・親子の情が移り変わる様のエモーショナルさで思わずオオッとなる。非行に走る息子を軸にしつけや父と母の役割でひと悶着する王道な流れから、「ウサギ君」の作文を軸にしてその意味を一変させる、氏の得意とする逆転のフォーマットが組み込まれてストーリーが変転するのが堪らない。
非行少年の心情が書き連ねられたと思われた幼さの残る作文が、いつの間にか成長し一人の男となった者の鋭い眼差しで親の不貞を告発する意味合いを放つ様が痛快でありつつ、そこから表面上は穏やかになった一家団欒の風景に刺されるような居心地の悪さが生まれて、別種の緊張感が生まれる読み味の変化が面白い。前半の家族の絆や在り方を問うみたいな話運びから、息子の一挙手一投足が罪を大暴露するための予備動作じみて父親の目に映るあの居た堪れなさで別のエンタメが始まるの強すぎる。
そして秋晴れの空の下、過ちに終止符を打った父親に対し一つの恋が終わりに至った、あの父と子がどちらも深く踏み込まずとも察しあうかのような透明感すらあるラストが心地よい。親子の情や男女の愛憎を多面的に映し出される構成に高い満足感があって、本書では一番好きな作品になった。
③連城三紀彦 レジェンド2 傑作ミステリー集
ミステリの巨匠四人が選ぶ傑作集。もう対談とか幕間の紹介で「全て」を言ってるので感想とか書くのすら野暮じゃない??ってほどの作品が一堂に会してて感嘆の息が漏れてしまった。
連城三紀彦といえば花に恋愛や想いを仮託した美しい旋律のような文章・展開が好きだけど、その時代の世俗や風景を切り取ったかのような鮮やかさを浮き上がらせるタイプの作品も好みなので当たり前のように「菊の塵」でこれだよこれ!!!と舞い上がった。終わりに近づく一つの時代、白菊の花弁、怪我で不具となった軍人、武家屋敷…といった要素のひとつひとつが、全て必然性をもって鋭い刃のように研ぎ澄まされた真相を抜き放ってくるのがもう最高。あの時代に生きた者だからこそ用いられたトリックや動機の配置がとんでもなく鮮やかで、これは傑作と言って差し支えない…と断言したくなる。
「他人たち」は傑作ぞろいの本書の中でも最高傑作に挙げたい!自供を思わせる語り口で、少女の頃に行った計画を紡がれる形式が別ジャンルの厭さを醸し出してもう凄い。「あの人」「あの男」と呼ばれた人々との関係が明かされるところで最早他人と化した温度感をまざまざと見せつけられ、そして他人ではないからこそ相手の習性や感情を理解し呆気ないほどに手玉にとり計略が進められる恐ろしさに、アンファン・テリブルものの真髄をこれでもかと味わわされた。
本作に限ったことではないが、このいっそう邪悪な形容、酷薄な描写の中にどこかタブーじみた艶をも感じさせるのが連城作品の上質な読み味を高めるよなと実感させる。
上の階に住む老人の心を解きほぐしながらその身に蓄えられた怒りを焚きつける傍ら、下の階の大学生を破滅に追い込む策を弄し、そして男と女に破滅をもたらす手つきの美しさすらある滑らかな手練手管にやべー女!!!となり最高。肉体関係に甘く溺れる男女の愚かしさを俯瞰し利用する有様とか、老人ホーム行きに向けて外堀を埋めていく最悪さでいっそ乾いた笑いがでてきてしまう。
そんな本作の醍醐味はラストシーンに集約されると思っている。全ての関係性が崩壊しても変わらず日常は続き、繋がりをも喪失してなお消えない絆の残骸が今なおそびえたち余韻で押しつぶしてくるのが、一周回って最高の読後感を演出してくるので凄まじい。
割と盤外の面白さにはなるが、巻末の対談で錚々たる面子の作家たちが作品を語りながら「連城三紀彦ミステリといえば…これ!」と収録作を選び掲載順を決める様に、なんかもう打順組んだwwみたいな風味があって、大御所たちでもこういうノリになるんだな…と妙な親近感を覚えたり。
④顔のない肖像画
発表年代ごとに分かれた短編集。ジャンルが異なっても傑作をつるべ打ちしてくるのが誉れ高すぎる。レジェンド2でも推薦された「ぼくを見つけて」は解説の熱量高さも相まって連城ミステリにおける誘拐テーマ作品の完成度を伺わせてほかの作品への興味をそそられる。
信頼できない語り手のエッセンスが濃い不倫モノ(言い方)の「孤独な関係」や天才画家の遺作を巡る「顔の無い肖像画」といった、連城ミステリの特徴とも言えるジャンルながら毎度違った読み味で読者に新鮮な驚きを与える姿勢がエンターテイナーすぎるんだよな…。
その中でも「路上の闇」はタクシー車内を舞台にした密室劇で、不倫を隠した小男がタクシー内のラジオを聞いて強盗と勘違いされてしまって…?という、抱える秘密が秘密なのでどこかコメディチックな趣がありながらも刻々と状況が変転する緊張感が異色の出来であり、コントにも通じるすれ違いから真相で背筋を冷やしてくる奇妙な読後感がかなり好きだったり。
「夜のもう一つの顔」は密室は密室でもさらに趣を変えて、不倫の要素をちりばめながらも犯行の証拠を処分しようとする駆け引きの連続が緊張と緩和の応酬を生み、二人の会話劇でここまで面白いものが作れるのか…!と舌を巻く。相手を罠に嵌めるために死地に飛び込んだと思いきや相手の掌の上で、といった展開から、さらにもう一段驚きを仕込んで作品の構造をさらに立体的・複雑化させる急展開に加え、ラストの呆気なさで乾いた笑いすらでてくるエンタメの質が異様に高くて凄い。
⑤宵待草夜情
連城作品の傑作選的な書籍、どうやっても傑作ぞろいになってしまうの業深い。
年上の義姉に懸想をしてしまい実った不義の果実が起こした「野辺の露」がとんでもなく好きという話をしたい。ヒロインの義姉さん──杉乃がかなり好きとかそういう趣向は置いといて…。
お馴染みである一人語りの形式で語られる不倫関係の匂い立つほどの艶やかな交歓、これまで会えなかった時を埋めるかの如く穏やかに紡がれる血の繋がった息子と交流が年代記にも似た読み心地を感じさせ、それらが冒頭で示された事件への悲劇性を高めていく構成がひとつの小説としてそもそもレベルが高い…。
しかし、それらを全て読者へ驚きを提供するための燃料だったかのように、杉乃の罪と思いもよらない動機に繋げて足元を掬ってくるのが圧倒される。犯行そのものは複雑なトリックがなくシンプルなだけに、そこに秘められた動機に渦巻く杉乃の怒りの熱量や、何人もの男の人生を手玉に取った復讐劇の真相に心胆を寒からしめられるし、一人語り形式なのもあって杉乃の心情が一切見えないのも不気味さに拍車をかけている。
ここまで書いて「この楚々とした儚げな外見から異様なまでの攻撃性を秘めてるギャップに惹かれたのだな…」との気づきを得たが、これだいたい小佐内さん(小市民シリーズ)から根付いた癖なので何とも言えず遠い目になってしまった。
癖は一旦置いておくと「未完の盛装」は真相に目を奪われた。罪を寄る辺にして男女が紡ぐ共犯関係はメジャーな印象があるけど、むしろ罪がそこに存在しないからこそ、存在しない事件を巡って多くの人が命を落としていった途方もなさに眩暈を感じさせた。
⑥夕萩心中
ミステリ史に燦然と輝く「花葬シリーズ」、多くの作家が賛美してるのもあり期待値高めで読んだが当然の如く名作オブ名作揃いだった…。読んでてうっわこれ面白ぇ!!となんども口に出かけた。
まず「花緋文字」からシリーズの完成度の高さに叩きのめされる。運命的な再会を果たした義理の兄妹たちが、親友と妹の恋慕によって最悪の幕引きを迎える…といった儚き美しさすら感じさせる流れが、犯人の動機が明かされることによってそれらのエピソードを全て犯行の一部始終に塗り替えられる急旋回で感嘆の声が漏れる。前半の主人公─三津─水沢の三人が描く物語があまりにも悲劇性に満ちてその結末に同情を誘われるだけに、その感情が後半で語られる真相によって犯人の思惑に乗せられてしまったのだと、物語の方から切り込んでくる構成もまことに鮮やかだった。真相に至るピースが前半の語りの中に散りばめられているのもミステリとしての完成度を否応なく高めてて平伏するしかない…。
表題作の「夕萩心中」も大筋は美しい物語が衆目を集める形式の作品なので当然身構えるが、そこに時代の大きなうねりを伴うことで真相をさらに変転させてくる技巧の高さに再び打ちのめされた。己の主義のために若者の純真を利用した但馬の老獪さ、そうとは知らず命を燃やして死出の道を選んだ慎之介の物悲しさ、それらと板挟みになりながらも慎之介に寄り添い、その道程で幼子に命の道を示した夕の慕情が萩の花に託される、まさにミステリと恋愛が融合した極地とも言える完成度だった。
菊の塵にも同様のことが言えるけど、時代の移り変わりや実際の事件を下敷きにしてこの時代だからこそのミステリを生むのが上手すぎる。
かと思えばコメディタッチで描かれる「陽だまり課事件簿」で温度差にやられる。新聞社の癖が強い窓際部署の4人組が遭遇する大小さまざまな事件が、それぞれ愛子と鷲頭の遠回りな恋愛によって一本の軸を成しているので読みごたえがある。蒸発してる妻が戻ってきたか聞かれた六助が「アレはまだ当分、気体のままだろう」と返すウィットの効いた会話もこれまで読んだ作品からすると珍しい気がするし、こういうふり幅の異なる作品も書けるの多才すぎないか?
⑦私という名の変奏曲
何気に長編の作品を読むのはこれが初。もう冒頭の語りから一本の作品として成立するのではないか?というレベルで完成度が高い。一人の女が自分を憎み殺意すら覚えている知人を前にして、いかにその殺意を極限まで高めて実行に移すかを身振りや声色でコントロールし、いかに指紋を残させないかまでお膳立てして「殺されようと」する様が克明に描かれる様からは緊張感と倒錯した耽美にも似た質感を漂わせる。毒で死ぬ熱帯魚と同じ服を着ることで心理誘導まで行うのが周到すぎる。これから命を奪われるのは「私」なのに、まるで犯行の手口をつまびらかにされているような異質な状況を、彼女が芸能界で辿った酷薄な日々の思い出が交差してもうここで死ぬしかないんだなと呑み込ませる文章力で、「初めての長編だけど短編が好みすぎたから不安だなぁ」などという甘ったれた考えが吹き飛んだのを感じた。
そこから7人の犯人がいかにして「私」こと美織レイ子の人生に手を加え、その恨みから脅迫されるまでが語られて謎が深まっていくパートが自分も登場人物さながらに翻弄されているのを感じてとても良い。7人全員がレイ子に脅迫され、殺害の動機があり、そしてあの夜にレイ子を手に掛けた罪の重さに苛まれている混迷の状況に酔いしれて、最初の容疑者・笹原と協力関係にある浜野が真実を探るべく行動を開始することでより作品の奥行きを深めていくのが堪らない。冒頭でレイ子がいかに芸能界とそこで己を貶めた者たちに絶え間ない恨みを感じていたと明かされているので、各容疑者たちがレイ子に感じる親愛や豹変への戸惑いにどこか「お前らにレイ子の何がわかるってんだよ…」と冷めた眼差しを覚えるのも物語を俯瞰しているがゆえの昏い喜びじみたものまで感じた。誰なんだ俺の中の俺。いやまあ途中まで信用できない語り手じゃないかと疑ったりもしましたが…。
連城作品において芸術品が重要なファクターになる作品は数多くあるけど、その中においてレイ子が魔性の美しさを手に入れたことで自身の根幹とも言える魂の部分が崩壊の道を辿ったとじっとり描かれるのが独特の質感を生んでいて良い。
レイ子が企てた復讐と、それが奇妙なボタンの掛け違いから連続殺人に様相を変えたのが明かされるもののその後の顛末は語られない最終章の、どこか突き放されたかのような質感が実はかなり好み。この後に残されるのは既に本来の意義から手放された愛の残骸であり、変奏曲がどのような終局を迎えるかは隠されるあたりの、雨に覆われる東京の情景も相まってどこか染み入るような気さえしてしまった。
⑧敗北への凱旋
ただただ美しい。読み終えて心の底からそう感じた作品。
鍵盤を叩く指や遺品となった楽譜が紡いだ遺言、花葬シリーズなどでお馴染みである実在の歴史や事件を下敷きにした「この時代だからこそ」の動機やトリック、一人の男を殺すために仕組まれた驚天動地の犯行計画…。全てに無駄がなく、過去の事件と現在に残った爪痕が地続きで繋がっていくスケールも堪らない。
楽譜を用いた上、さらにそれが表を使わなければ解けないような複雑怪奇な暗号が、すなわち誰にも知られたくないが胸に秘めるには重すぎた慟哭とすら感じさせて圧倒される。
なにを語ろうにも「いいよね…」と感嘆だけが漏れ出ていく。美麗な文章表現によって完成するラストシーンが本当に好きとしか言いようがないですね…。
⑨流れ星と遊んだころ<新装版>
ミステリ作品における楽しみは「提示された謎を推理する」ことも重要だけど、そのほかに「気持ちよく騙されてこれまで踏みしめていた足元が崩れるような感覚を味わいてぇ~~!!」といった感情がそれなり以上にある。
それを踏まえると、この「流れ星と遊んだころ」は連城作品において頻発する「騙し」を長編で描く極地にも感じた。つまりとんでもなく面白かったですはい…。
北上と秋葉が互いに相手を芸能界に売り込もうと虚実を織り交ぜて絆を深めていく様と、インタビュー形式の一人称と三人称が入れ替わる奇妙な構成が交差することでふたりの視点から真実が浮かび上がる構成が非常に良く、ミステリ的な驚きと二人の関係の拗れつつもエモーショナルな風味のそれぞれを効果的に作用してる無駄の無さで舌を巻く。
男同士の危うさを感じる友情、表舞台で脚光を浴びるにつれて浮き彫りになる過去の罪、北上と秋葉に鈴子も絡んだ三角関係などの足元をおぼつかなくさせる要素の数々が、加速度的に栄光から破滅へ向かう寂寞の様相も相まって、面白いのにこの先を読むのがしんどいというある種の幸せな読書体験だった。
個人的に「花ジン」こと花村陣四郎が意外性のギャップがあって好き。外面の良さに反した苛烈なパワハラ気質とか、臆病なのをひた隠そうとする様といったいかにも小物な人物像でこちらだけでなく北上を誤認させたと思いきや、大物俳優として申し分ない貫録をみせつけて場の空気を支配したり北上の策略を読んで手を打つなどのムーブはまさしく老獪そのもの。北上と丁々発止の駆け引きをする前半の山場ともいえるシーンの緊張感が、作品を一気に引き締めて芸能人・秋葉駿作デビューが鍵となる後半に向けて風速を上げてくるのが好きになってしまう。最終的にしれっと芸能界に復帰してるのも光と影が入れ替わる無情な趣があっていいんだよな。
⑩戻り橋心中 東方×連城三紀彦短編集(浅木原忍)
連城三紀彦と東方の世界を大胆に交差させた意欲的な同人作品。よくよく考えると俺が連城作品に触れた切っ掛けは浅木原さんが嬉々としてツイートしていた感想に惹かれたからだったりする。というかミステリに触れたりファンタジックチルドレンを見たのも氏が切っ掛けだし、読書やエンタメ摂取の指針に影響を受け過ぎてるな?
短編の連城作品をモチーフとしながらも原作の致命的なネタバレは避けた親切設計。元ネタを全て押さえてから読まねば不作法というものかもしれんがこれ以上積読を増やすわけにもいかないので…。
とにもかくにも元作品へ向けるディテールが細やかで、身を焦がし命を賭すほどの慕情が事件の真相を調査するほどに浮かび上がるあの質感はまさしく連城作品の再演と称しても一切の過言ではない。恋愛とミステリを絡めた原作の中から、熱愛や横恋慕、不倫などなどこれ今月めちゃめちゃ味わったやつだ!!とジャンルをひととおり押さえてあるので満足感が高い。
「少女を買う女」は策謀をめぐらせてマミゾウが鈴奈庵を買収した事件の裏を「一人語り」で霊夢が解き明かすお馴染みな形式をとってるのもあって読み入るし、事件の裏を解き明かしたと思いきやさらなる裏があり、そしてさらにそこから一段上の真相を提示する二転三転の話運びで衝撃を突きつけてくるのも相まって連城作品の投影レベルが一味ちがう。マミゾウに身を預ける小鈴のえもいわれぬ艶っぽい描写とかも含めて完成度の高さに思わず唸った。
「戻り橋心中」は他者の死を以て作品を創り出した元ネタと方向性をずらしつつも、死の意味を覆い隠す昏い熱情や「花葬シリーズ」を活かした戻り橋の情景描写の美しさが本家に肉薄してて凄みを感じる。全てを焼き尽くす地獄の業火と葬列のように咲き乱れる彼岸花の交錯する様だったり、氏の過去作ゆうぱるを想起させる展開をミステリとしてさらにツイストしてくるあたりの技巧も光るんだよな。
⑪傀儡無情 東方×連城三紀彦短編集
連城ミステリ=不倫のイメージが強かったものの、実は心に染み入るような温かな想いの交歓を描いた作品も多いんだよな…いやもっと刺激的なのも多いんだけど、と実感する作品群。私のあやさんの読後感が本当にいいんですよ…。
本作で語りたいのは何を置いても表題作の「傀儡無情」。原典の「花虐の賦」が驚愕の真相とあまりにも想像を絶する愛憎を描き切った名作なだけに楽しみにしていたが、まさしく期待に違わぬ作品だった。
人形しか愛せぬアリスと、それに寄り添い滅私の人形になったかのごとく仕える魔理沙が起こした劇中劇さながらの美しき心中事件を解き明かす様はホワイダニット的な趣がありながら、百合のセンセーショナルな愛に秘せられたヴェールを1枚めくるごとに立ち上るのは倒錯した愛憎が緻密に積み上げられゆくその威容。作中で「魔理沙」の台詞が一切なく既に終わった物語なのも寂寥感を加速させ、倒錯しきった果てにある種の美しさすら感じて前作と合わせても随一の完成度だった。終わってから表紙を見返すと、アリスがもはや光をも拒絶するかのような眼差しを浮かべているのがもはや全てなのだろう。美しい残酷な真実を覆い隠すためには、その嘘すらも美しさが必要なのかもしれない。
氏は以前にも東方と刑事ミステリを見事に融合させた「自警団上白沢班シリーズ」を頒布しておりそちらとのクロスオーバー的展開なのも嬉しく、「魔理沙」と「成り代わり」が導くモチーフは「森の魔女は消えた」を彷彿とさせて異なる過去作の集大成じみた豪華さを感じた。それでいて魔理沙が旧作→win版で姿が変わった原作ネタを絶妙に織り交ぜる辺りも上手いだけでなく、「アリスが手首を切って自害した」という大前提を原作の設定と絡めてトリックに用いることで、幻想郷を舞台にしたミステリという境地へ太歳星君よりデカい一石を投じたのではないだろうか。
読めば読むほど「いやこれ最高傑作なのでは…?」がめくるめく更新される連城三紀彦作品。短編の圧倒的な完成度が好きなものの長編もそれに一切劣らぬ切れ味で大満足の1か月でした。短編では野辺の露 他人たち 花緋文字あたりが、長編では敗北への凱旋が特に好き。
いやさすがにこれ以上新規で買うのは積読消化の前提から大きく逸れるし駄目でしょ…と思いながらもチェックリストに順調に増える各種書籍が!というかなんでレジェンド2は電子書籍化してるのに1はしてないんですか!??の不満というか困惑でトサカにくるぜー!各種電書サイトの隆盛に伴い購入のハードルはさがったものの未だ完備とは言い難いし、また折を見て近所の古書店を探すか……
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?