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ご飯日和 今の幸せは塩おでん

前置き

その日は、相棒が帰郷しているので、一人ご飯が楽しめるはずだった。

お米を3合しっかり研いで、10分間の浸水。さらに20分ザルにあげて、炊飯器にセット。大さじ1杯半の醤油で香りをつけて、小さじ1の塩加減をつけたら、5cmの昆布をうかして、アクを抜いたささがきごぼうをたっぷりと。あとはスイッチをオンするだけ。

そう、書籍から仕入れた知識をもとに、アレンジを加えたごぼうの炊き込みご飯スペシャル。

これに合わせる主菜。そこは一人ご飯に食べようと決めていた「塩おでん」

いやあ、おでんなんて、まして一人だけのご飯で楽しむにはちょっと勿体無いメニューだとは思ったんだけどね。

実は、正月のお餅がちょっと余っちゃって、中途半端な量だったんよ。(つまり、残り一個を奪い合う可能性があるわけね)。

ということで、5個分の杵つき餅を油を抜いた薄揚げに忍ばせてかんぴょうで縛る。

まあ、そこまではこっそり準備を済ませてたさ。

そして、現実はそう甘くは進まなかった。

SOS

「とおるくーん助けて〜」

さて、大根の下処理にかかっていた僕ははたと玄関に駆け寄った。

ちなみにおでんの醍醐味「鍋底大根」の秘密は、面取りした大根を研ぎ汁で下茹ですること。

「どうしたの?あいつなら、実家に帰ってるはずだけど?」

「いや、トイレが詰まっちゃってさー」

あかりちゃんが半泣きだ。


僕が生活している半澤荘は、民間のアパートを一部買い取って、経営されている障害者用グループホームだ。

部屋は寮というよりは、個人のアパートの一部屋を借り受けて、複数のメンバーでルームシェアする形式をとっている。

今風の障害者住宅といえば、事情はわかってもらえるだろうか?

ちなみに、先に出た「とおる」は、僕の部屋のルームメイト。力仕事に頼り甲斐のある、元自衛隊隊員だったりする。とおるは大男で、力仕事に強く、結構、器用だったりするので、こうしてみんなから頼りにされたりもしている。

「トイレにはいったらさ、背中に貼っていたカイロが落ちちゃってさー」

あー。よくやるやつだ。あれ、水道業者に頼ったら、費用が嵩むんだよねー。

「・・・智弘くん。なんとかならない?」

「僕は今から晩酌の予定」

「男なんだから、少女を助けるのが救いでしょ!」

「自業自得。僕はご飯で忙しい」

「・・・プリカッツで手を打たない?」


以下省略。

ドイツの甘口白ワインは、酒に甘い僕に限りなく甘かった。

やたら、そう甘かった。

食卓

「ありがとうねー」とあかりちゃんが笑顔を向ける。

無事、1時間で、僕はミッションを完了した。
あかりちゃんとこのトイレ処理は、文字通り、汚れ仕事だった。

閉店間際のホームセンターで、トイレ掃除用のホースから金具を揃え、定番のラバーカップでずっこんばっこんと、トイレを掃除して、なんとか問題は解決した。

・・・。

さて、気を取り直して、作業再開だ。

昆布からとっただしに、煮物用のかえしを強めに大さじ4。
さらに酒、砂糖を各大さじ2。そして、トドメの塩2つまみ。

そこから油抜きした揚げ物や、下茹でしたこんにゃく、大根。
時間が過ぎたから、もうびたびたになってやがる。まあ、それでも食べられるか。

だし汁に、具を入れて、15分。

これで、智弘オリジナル、酒泥棒スペシャル塩おでん完成。

「・・・何?その目は?」

あかりちゃんが目を細めている。僕は大きくため息をつく。仕方ないか。

「一緒に食べる?今日はとおるもいないしさ」

「いいの?!」

まぁ、僕の場合、夕ご飯というより晩酌なんだけどさ。
早速、いも焼酎のお湯わりを準備する僕。

「ねえ、智弘君はどうしてそんなに料理が好きなの?」

「単純に、食べるのが好きなんだよ」

ちくわとはんぺんに手を出しながら、ちびりと薩摩白波を口にする。ツーンとくる、この香り。好き嫌いはあると思うけど、やはり芋焼酎はやめられん。

「奥さんになる人は、苦労しそうだね?」

「そうだね。実際、僕、離婚歴あるし」

「・・・ごめん」

「いいよ。もう前のことだし」

ひりつく喉を流れる、噛み締めたこんにゃく。隠し包丁をフォークで入れるテクニックは、絶対必要な手順だと思う。

沈黙であかりちゃんの手は進まない。

「気を使わなくてもいいって。それに今はとおるがいてくれるから、寂しくないものだよ」

「・・・とおるさんと仲がいいのね」

「くたびれたおじさん同士だから、気も合うしね。・・・はい」

あかりちゃんの皿に、適当に火が通った餅巾着をとる。

「みんなと一緒にご飯を食べれていることが、今は一番、幸せかな」

「ありがとう」

パッと花が咲いたように、笑顔が浮かんだ。



翌朝。

目の前にとおるの顔があった。

「おい、飲兵衛」 

はっと、起き上がる。傍に転がった一升瓶、お腹に毛布。いかん。調子に乗って、飲み過ぎたか。

「全く、俺がいないと、平気で酒に走るからなお前は」

「・・・反省してます」

とおるが帰ってきたのは、翌日の10時ごろだった。つまり、僕はすっかり、飲みはまり、寝てしまったことになる。20時以降の記憶がない。

あれ?あかりちゃんは、帰ったのか・・・それもそうか。部屋はお隣だし、帰ろうと思えば簡単だものな。

「で。なんだ、うまそうな飯が炊けてるではないか」

「食べるか? ごぼうの炊き込みご飯。 味噌汁も用意するよ」

そう言って、僕は朝ごはんの支度に立ち上がった。

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