しまぶーこと島袋光年先生の新作読切『ヤバイ』はなにがどうヤバイのか徹底言語化検証
2008年に『トリコ』が連載開始してから今年15周年となった。
えっ15ねん…??連載終了は7ねんまえ・・・????
それもそれでヤバイな。
…で、今回それを記念したのかどうかは分からないが、本日8月14日(月)、ジャンプ+にてしまぶーの新作読切『ヤバイ』が公開された。
◆初読時の正直な感想
「『ヤバイ』の三文字を誌面に極上に表現しているのが伝わってきた」
「熱意とエナジーがすげえすごい」
「良い意味で53ページが短く感じられた」
「ボーボボのような読後感」
「あっ!澤井先生はしまぶーのファンだったわ!」
単刀直入に言うならばこれらである。
面白かったどうかと言われると、確かに勢いが凄まじすぎて面白かったし、エンターテイメントとして楽しませていただいたのだが、それよりも「すごいものを見せられた」という感想がしっくりくる。
もっと言うならば、面白いよりもヤバイ。良い意味で。
内容は、絶大な人気を誇るロックバンド「ザ・ヤバイ」が世界を一変させるほどの凄まじい影響力を持ってしまった故に、死刑判決されてしまった。「最後にライブをさせてくれないか?」という言葉から、世界の運命は大きく変革された――――というヤバイディストピアもの?
まあ、文字面だけなら如何にもな叛逆物語のようにも見えるが、誌面はあまりにも異常な熱気で溢れていて宗教みたいだった。スピリチュアルじみてもいた。
すごい漫画を読ませてもらっただけに、せめて、自分の言葉でこの漫画のヤバさをがんばって言語化してみたい。
◆しまぶー作品への印象
実はというと、ぼくは読む前はあまり期待していなかった。
『トリコ』は今でも大好きな漫画だし、ラスト2話の大団円っぷりは今まで読んだ漫画の中でトップクラスに「終わり良ければ総て良し」を体現化していたのがプロの作家として素晴らしかった。これだけでもう8年間読んでききて本当に良かったと思えてきている。なお一番好きなシリーズはグルメフェスティバル編です。第一部終盤に相応しいあのお祭りっぷりが大好きなんだ。次点、グルメピラミッド編。
だが、第二部・グルメ界はあまり腑に落ちない展開が多く、打ち切り通告されてしまったのかは分からないがキンクリ発動させて一気に展開を吹っ飛ばしたり、特に一読しただけではすごく分かりづらくて頭に入ってこないスピリチュアル展開が苦手だった。ラストバトルも色々不満が多かったが、上述通りラスト2話が素晴らしかったので「まあいいか!!よろしくなあ!」の精神に浸れたのは嬉しい誤算だった。
次回作『BUILD KING(ビルドキング)』は1巻分にあたる逆さ城編までは大好きだった。古臭さは否めないが、第1話からとにかくワクワクさせられたり、しまぶーお得意の凄まじい迫力感溢れる破壊描写はお墨付きと言っていい。『トリコ』の二番煎じと言われようが、ぼくは「世界各所に建造物を築く」大冒険活劇を想像していた。
だが、期待していたものとは思いの外全然違っていて、その後に登場するビガーという能力概念がとにかく分かり辛く、読んでいて全然ワクワクしないどころか苦痛の領域だった。モノクロ漫画で色分けされているというよく分からない設定が失敗だった。そも、建築×バトル漫画でそんな能力概念アリなのか…?と疑問だったのだが、すごくふわっとしているところが『トリコ』の第二部で見られたスピリチュアル展開に通じるものがあった。
しまぶー自身もネームが通る自信がなかった上に急遽連載決定には驚愕したそうだし、難産だったと自覚していたそうなのだが…
今年のジャンプに掲載された読切『ラックラック』は運を題材としたバトル漫画なのだが、運の力でスタンドバトルしていたのがふわっとしていて説得力に欠けていた。運が高いほど強いのはシンプルに分かる。うん。で、なんで運が高いワケ??といまいち乗り切れなかった。ラッキーマンのように「そういうもんなんです!!」と押し切るなら構わないのだが、突き抜けてはいなかった。
ここまで無駄話が長くなってしまったが、どうもトリコ第二部以降のしまぶーは持ち味であるシンブルな暴力描写から一転、一捻りした変な設定にシフトしてしまったことに残念な気持ちがあった。あ、『BUILD KING』の読切版はすごく良かったんだけどな。
本作は『ヤバイ』というタイトルからギャグ漫画の可能性があるかもと予感していたが、ぼくはしまぶーのギャグで一度も笑ったことないんだよな…
――――そんな不安は見事「ヤバイ」の三文字で吹き飛んだ。
◆全力で画で殴ってくるヤバさ
これを見て貴方はどう思われるだろうか?
「ヤバイ」もそうだが、「凄まじい画による圧力だ…!しかも良い表情してるぜ!!かっけえ!!」がまずぼくが思った感想である。
このライブ、こいつらはひたすら「ヤバイ」「ヤヴぁイ」「ヴぁイ」「ヴォイ」くらいしかシャウトしていない。なにがどうヤバいのかは歌詞に載せていない。だがそんなことを気にする必要がないくらいヤバイ。
もっと言うならば、「ヤ」と「ヴァ」と「ヴォ」と「イ」が発音できれば誰でも一緒に歌えるほどヤバイ。それは一見ネタで言っているように見えるが、案外布石でもあったりするのだ。
下手すると「メッセージ性とは…?」となるし、訳の分からない漫画なのは流石に好ましくないし、ぼくも出オチと感じられてしまったのは否めない。最初「えっなにこれは」と困惑してしまったのが極めて正しい判断と言えるかもしれない。
それでも、画だけでもまずシンプルに楽しめるしまぶー本来の強みがあった。もっと言うならば、画で殴ってくるタイプの漫画。
それと同時に、「なんだか知らんがとにかくヤバイ!!」と開幕3ページ目で一気に引き込まれてしまった。画による説得力が凄まじいおかげで、なにがなんだか分からんのにすごいことをしているんだなという好例でもあるだろう。漫画において重要なスタートダッシュもできている。
この「ザ・ヤバイ」はファンクラブ会員数20億人、SNSフォロワー50億人、ツイートしただけで大統領交代、大企業の株価が乱高下と、トンデモ影響力を及ぼしている。
このような数の脅威は説得力があまりにもヘタクソすぎると「中身のないヤツが数を誇る!」と批判される諸刃の剣になってしまうのだが、「こんなかっけえシャウトするなら500億稼げ…鬼龍のように」の精神に落ち着いた。まさに画でギャフンと言わせている。ヤバイ。
下手をすれば滑っている演出になってしまうかもしれないのに、しまぶーはこれをやってのけた。
◆とにかく盛り上げまくる一体感
とにかく序盤だけでもすごかったが、中盤からのファイナルライブの一体感も凄まじい。ロックバンドなのにオペラ歌手やオーケストラも参戦するほどの悪魔合体になっている。
最初は「なんだこれ!」と笑ってしまったのだが、だがこれこそが謎の感動の引き金となった。
死刑を控えての最後のライブなんだから、どうせなら有終の美を飾っちまおうぜ!とすごい数の観客が集まってきているのも併せて一体感を高めている。
その観客も凄まじい描き込みなのが、まさしく時間的余裕がある読切だからなのだろう。まあ元々しまぶーは描き込みに定評がある作家なのだが、『トリコ』『BUILD KING』よりも密度が高まっている。
ぶっちゃけやっていることは宗教じみてて怖いので、この中にダイブしたいまでとは思わないのだが(つーか圧死しそう)、一緒に一体感を味わって盛り上がれることの羨みは素直にあるのだ。
◆勢い任せのスピリチュアル展開
最後はどういうわけかみんな宙に浮き上がって、超巨大人工惑星「ヤバイ」を打ち上げるという、マジのガチでわけのわからない展開になっていた。ポルナレフ状態余裕の極みである。なんでライブしたらみんな浮いてる…す…すげえ…って有様になってんだよ!わけわかんねーよ!!
と冷静になってツッコみたいのだが、これくらい盛り上がったのならもう身体がハイになって天元突破しちゃってもいいよね…の精神になれた。
ぶっちゃけ今作もスピリチュアルじみている。
あまりにも異常な熱気の時点で宗教じみていたが、「宙を浮く」ファンタジー展開もどこぞの尊師を彷彿せずにはいられない。
主人公・謝花桃多武が死刑から逃れ、みんなをぬくもりの待つやさしい場所にまで引っ張っていきたい、そのためには「愛してる(ヤバイ)」を通じ合ったことでこうなった…
と言われると「お...お前 変なクスリでもやってるのか」とマジのガチでそう言いたくなって仕方ないのだが、なんかこう、読んでいるぼくもふわっとした気分になってしまったんだよな。まあ単純な話、勢いでゴリ押ししたと言えば分かり易いのかもしれない。
ぼくはスピリチュアル展開は基本的に説得力皆無でなあなあだし、全体的にふわっとしているから好きじゃないのだが、これは上述した通り謎の説得力が十分あるので、なんかもう、完全敗北を認めてしまったような気分にも浸れている。
あと、観客のみんなもヤヴァイヤヴァイシャウトしてくれる一体感がすごく好きです。だってこういうの一番ライブらしいじゃん?「オレたちとファンのみんなで曲を完成させてやるぜ!!」とかゲキアツで最強じゃん?
そんなわけで、しまぶーの描くスピリチュアル展開はニガテだったクチのぼくでも、「本作はスピリチュアルをうまく飼い慣らせたんじゃないかな」と好意的に見られるようになった。こういうのならアリです。全然アリ。
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現在、8/31まで『トリコ』の5巻分(43話まで)が無料公開中!
まあ実はと言うと、今現在毎週一話ずつ無料公開中なのだが(211~213話が現在無料開放中)、あまりにも中盤すぎて途中参戦しづらいだろうし、『トリコ』は第一部は特に評価されてほしい箇所が多いので、未読の方は是非この機会に読み始めるといいだろう。
グルメスパイサーネタが馬鹿の一つ覚えのように擦られるだけの漫画じゃないのだと是非キミの目で確かみてほしい。序盤は特に面白いんですよ。