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コントロール Canon New FD 35mm 1:2


何をどうしたいか?

f2 1/100ss

 今回のレンズは今まで書いてきたレンズたちとは異なり癖玉や値段の割に実力を持つレンズではなく、既に一定の評価を獲得しているレンズだ。
 Canon FD 35mm 1:2は型式上では同一のレンズが存在している。前期型から後期型まで部分的な改良を施されて販売されたレンズだ。色調を整えるCanon独自のスーパー・スペクトラ・コーティング、通称S.S.Cが施された初期型から最後期型まで数種類存在しているが見分ける上で大きな違いがある。最小絞り値がf16かf22かでCanon FDレンズ群かCanon New FDレンズ群かが判別できる。今回扱うレンズは最小絞り値がf22のNew FDレンズ群、FD 35mmシリーズの中では最後期型にあたるものだ。

 まず第一の作例を見て頂くと分かるように最大解放値のf2で撮影すると教科書通りに画面の中心にのみ合焦が生じてそこから円形状に上下左右が不明瞭になる。また被写界深度によって合焦している位置以外は前後も不明瞭になる。
 実践的に述べるならばまずサイコロのような真四角の箱をイメージしてもらいたい。ルールは単純、箱の中はピントが合う(=明瞭になる)が箱の外はピントが合わない(=不明瞭になる)、絞り値が最大解放値になるに従い箱は手前に移動して大きさは小さくなる(=明瞭な範囲が減る)、最小解放値に近づいていくと箱は奥へ移動して大きさは大きくなる(=明瞭な範囲が増える)と一先ず箱、箱の位置、箱の大きさ、これだけをイメージできれば良い。
 このレンズは上記の箱が非常に素直な動きをする。絞り羽を制御した通りに箱が動くので「何をどう撮りたいか?」に対して撮影者が意図した通りの写りになる。イメージの中で箱を起きたい位置と箱の大きさを決めてその通りに絞り値を設定してからピントの微調整とシャッタースピードを合わせて撮ればいい。オブジェクトの色味や質感を強調したり空間の光量をどう描写するかはシャッタースピード側で制御できる。

明瞭と不明瞭

僅かに絞り込むことで明瞭にしたい位置に被写界深度を合わせる。

 デジタル機は場面に合わせてISO(ASA)感度を任意の値に調節できる。またレンズの焦点距離をカメラ側に設定することで適切な手振れ補正がかかる。これらの機能を踏まえると三脚を使わない手持ち撮影であっても絞り羽を明るさ調整ではなく明瞭にしたい位置と不明瞭にしたい位置の調節に専念させることができる。
 この作例では手前の障子戸や柱を不明瞭にしてちょうど奥に差し込んだ飾り彫の木戸を明瞭にしている。屋内撮影に限らず一つの画面に明暗さがある空間を入れた場合、写せる範囲の色に制限がかかる。反射しやすい色のオブジェクトならば普通に撮影しても強調されるが反射が直線的ではない色のオブジェクトだと色が滲みやすい。また色が滲んだ箇所はオブジェクトの質感や起伏が平坦に写ってしまうこともある。
 作例でいうと畳が色の滲みが出やすいオブジェクトだが拡大せずとも畳の目が立って見える。日陰の箇所、つまり画面右奥へ進むにつれて暗さが増していくが画面右下のギリギリ日差しが入っているかどうかの部分もちゃんと畳があるとわかり、尚且つ畳の起伏や縁の直線と布目が潰れていない。
 これは撮影技術による効果と結果ともいえるがこのレンズがとても優れた解像能力を有しているからこそ出力された描写といえる。世にいう癖玉はこういう場面では弱い、というのも解像能力が優れているレンズよりは能力が限られるため特に光量が少ない場面では能力を発揮し難い側面がある。

マテリアルとテクスチャ

f2 1/200ss ISO400

 何を撮るにせよ画面の中にはモノ、つまりオブジェクトがありオブジェクトには素材、つまりマテリアルがありその表面には質感としてテクスチャがある。レンズによって「ふわっと撮れる」や「パキっと撮れる」といった感想をよく目にするがテクスチャを撮れるレンズは概ね後者だろう。また光量が多い場所ではオブジェクトのテクスチャ面で光が強く反射してしまい、テクスチャを撮りたいのにアンダーでも今一つといった場面は少なくない。
 この作例では光量が少ない屋内かつ日陰なのでテクスチャを撮るにはかなり適した環境といえる。最大解放値で撮影したため、手前の木材に焦点が当たり奥の硝子戸は不明瞭になっている。この場合のポイントは不明瞭な範囲のテクスチャがちゃんと写っている点である。確かにガラス自体に反射があり「そこにガラスがある」「少し歪んだガラスだ」とまではわかるが反射していない箇所でも同様に硝子戸に使用されているガラスのテクスチャがわかり凡その厚さまでイメージすることができる。
 また屋根や雨樋に使用されているブリキのテクスチャも「ざらっとしていそう」「しっかり組まれていそう」とわかるほどに写っている。

焦点距離35mm 最短撮影距離0.3m

サービス精神旺盛なアオダイショウ氏

 ここまでこのレンズの解像能力と描写能力について述べてきた。ただこのレンズを使ってみて感じた価値はこれらだけに限らない。
 一般的に焦点距離50mmを標準レンズと分類してそこから焦点距離が長くなれば望遠寄り、短くなれば広角寄りになり画面の範囲と画面に入るオブジェクトの量が決まる。この35mmという焦点距離は分類でいうと28mm広角レンズよりは焦点距離が長く、50mm標準レンズよりは焦点距離が短いので準広角レンズに分類される。ある意味ではどちら付かずの焦点距離だがそこに最短撮影距離0.3mが加わると話が変わってくる。
 確かにこの画角は中途半端かも知れない。しかしここまでの作例で見てきたように寄ってもいいし引いてもいい、どちらであっても高い解像能力が発揮されて適切な距離ならば描写能力は突出しているともいえる。重要なことは適切な距離という点だ。どのような焦点距離や解像能力のレンズであっても撮影対象とカメラとの距離や撮影環境の明るさで得意不得意がある。
 このレンズでも「引きすぎたかな」と思った場合は不得意の距離になってしまうようで画面内に格納されるオブジェクト数が多すぎたり少なすぎたり、余白を作り過ぎたり足りなかったりがあった。ただこれはどのようなレンズでも生じることなので適正距離で使用する限りでは全く問題にならない。むしろ撮影先の下調べから概ねの撮影距離を逆算してどのカメラやレンズを持っていくかを思案することはこの趣味における醍醐味の一つであろう。
 話を戻そう。このレンズは引くと、つまり被写体から離れすぎると今一つになるが寄る、近づいた場合が最も能力を発揮するように感じた。最短撮影距離0.3mの意味がここにおいて強みとして作用する。マクロほどは近づけないが思ったより深く近づけることが動物写真など一つのオブジェクトを強調して他を不明瞭にしたい場合に強みになる。ただ近づいて撮影するだけならば望遠や標準のマクロレンズを使用することが適切だが焦点距離35mmならではの画角として「どのような空間、場所にオブジェクトがいるのか?」を撮影できる。つまり適度に画面の広さがあることでオブジェクトがいたり持っていたりする背景を画面内に獲得できるわけだ。これが焦点距離28mmの広角レンズだと画面が広すぎて特定のオブジェクトを強調したいが不明瞭にしても余分な情報が入ってしまうことがある。この違いに焦点距離35mmと焦点距離28mmを使い分ける理由が存在している。

まとめ

 このレンズ、Canon New FD 35mm 1:2は距離感さえ間違わなければ現代のレンズにも劣らない。レンズとしての完成度は非常に高く、能力も申し分が無い。銘玉の一つに数えても異論はないだろう。
 ただこれら全てがフィルムで撮影していたら評価は異なったと思う。場面に応じたアドリブができるデジタル機だからこそ、距離だけ考えれば概ね使える待ちが広いレンズとして働くが感度固定のフィルム撮影となれば苦手な場面は増える。またデジタルセンサーだからこそ、このレンズの解像を受け止められている面も否定できない。フィルム撮影の場合はフィルムとレンズの相性が悪いとどちらの良さも潰し合う。
 噂では設計開発はフィルム時代に行われたが結果的なレンズの能力は当時のフィルムに対して過剰な能力となってしまい、現代のデジタル機センサーでやっとレンズの全力を発揮できる場合が少なくないという。特に高級レンズのラインナップで顕著らしいが当時の廉価レンズが再評価されるきっかけもデジタル機のセンサーと相性が良く、当時より写るぞといった話がある。
 もしかすればこのレンズもその部類に入るのかも知れない。曾祖父がCanon AE-1でこのレンズを使っていた頃と自分がNikon Z5でこのレンズを使っている今ではこのレンズに対する評価で自分と曾祖父の意見が食い違っても不思議はない。まぁもう亡くなって十年は経つし、なんなら曾祖父はCanon一筋だったがひ孫は使えるカメラはメーカー問わず使いたいし、なんならNikon機にトプコンレンズやキヤノンレンズを付けて遊ぶ不埒者なので評価以前の問題を提起されても文句はいえないが曾祖父も文句を言えないのでお相子である。
 ほんと、良いレンズを残しといてくれてありがとう。


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