短編小説 「ミートソースパスタ」
「果たされない約束ならなんの意味もないし
要らないよ。喜ばせたいためだけのリップサービスなら、もう約束だなんて言わないで」
僕は君のそういうところが苦手だった。
僕たちは付き合って2年がたっていた。
思えばもう空気のようで、でもたまに海のようだった。きっとこのまま、ずっと一緒にいるのかな。なんてぼんやり考えたりした。
「別れて欲しい」
そう言われたのは、
2年が経った記念日の1週間後だった。
2人で合わせた休日の昼
君の作ったミートソースパスタを隣同士で座って食べていて、そうなるのが当たり前かのように、特に深刻な表情ひとつせずに君は言った。
僕は味のしなくなったパスタを
ズルっとすすった。
君はフォークでパスタをクルクルと器用に巻いて音を立てずに食べる。でも不器用な僕はそれができなかった。
「あなたのそういうところを受け入れられない。私の作ったパスタをあたりまえみたいにすするでしょう。食べ終わったお皿に、ご飯を入れたりもするじゃない。なんか私の、あなたのために作ったものを否定されてるみたいで悲しかった。」
つらつらと語る。
「…悲しかったのかな。ムカついてたのかも。
ずっと一緒にいようなんて簡単に言うところもさぁ」
2年間聞いていた君の声は
こんなに静かで、落ち着いていて、寂しいものだったか。
「ミートソースってさ、簡単だけど結構手間もかかるんだよ。…手作りに拘らなくてもさ、レトルトも結構美味しいよ」
はらりとおちた髪の毛を耳に掛けて
あと3口くらいで終わるパスタを
君はクルクルと巻いた。
クルクル、クルクル
巻いて、巻きつけて、すくって、
口に運んだ。
君はパスタを食べ終わったら自分の分の皿を洗って、荷物をまとめ始めた。
その日の夜には、君はでて行った。
玄関で靴紐を結ぶ君の後ろ姿を見て
「僕は、レトルトが美味しいのは知ってたよ。でも、君の作ったのが好きなんだ」
と呟いてみた。
君は振り返りもせずに ふふっと笑って
「知ってたよ。ミートソース、ちょっと多めに作ったから、冷凍してある。」
じゃあね、と言って2人で暮らしたこの部屋から
君はでて行った。
僕は昼間食べきれなかったミートソースパスタを電子レンジで温め直して、フォークを持って
パスタをフォークに巻きつけるようにクルクル回してみた。不器用な僕は、フォークを手から滑らせて、カチャンッ と大きな音が鳴った。
この物語はフィクションです。