見出し画像

優しい人を好きになれたら

蝉が鳴き始めた、大学3年の夏。

サークルのメンバー。適当に招集したメンツでお酒を飲んでいるときだった。

「私、コンビニで水買ってきますね〜」
そう言って立ち上がった私に誰かが声をかけてきた。
「え、夜だし、誰かついてった方がよくない?」
「あ〜じゃあ俺行くわ、タバコ買いたい。」
そう言って1人の先輩が財布をとりだした。

私と先輩を除くみんなが、にやにやしながら何か目配せしたように見えて、どういう顔をしたらいいか分からない。

私のことが好きだって、そう聞いたのは1年生の頃だった。彼はいつも優しくて、何かと気にかけてくれた。だけど告白されることはなく、結局私は、別の先輩とお付き合いを始めた。
ショック受けてたよって、周りの人から聞いたけど、私は彼氏に夢中だった。

それから1年以上が経つ。

コンビニで買い物を終え、みんなのところに帰る途中。
「あいつとはうまくいってる?」
不意打ちの問いに、心の準備ができていなかった。先輩とは、初めて話す話題だった。お互い、意識的に避けていたのだと思う。
でも、同時に、もう時効だとも思った。

溜まりに溜まった悩みを、誰にも吐き出せずにいた私は、酔いがまわっていたこともあり、つい、言ってしまった。

「…浮気されました。でも、まだ付き合ってるんです。」

一瞬の間があり、
「え?待って、なにそれ」
そこから私は、堰を切ったように全てを話した。
大好きな彼氏に浮気されたこと。
許してしまったこと。
でも、彼が心から信じられなくなってしまったこと。

全てを聞いた先輩は、ただ険しい顔をしていた。
「あのさぁ。」
「はい…」
「俺、気付いてたと思うけど、ずっと好きだったんだよね。あいつよりも前から。」
「はい…」
「これは気付いてなかったと思うけど、今も変わってないから。」

え?

時が止まった気がした。

「あいつのこと好きなら、好きな人の恋愛を応援しようって、なんとか割り切ってたところだけど、でもさ?今の聞いたら、正直、諦められない。」

私は言葉に詰まった。
私を好いてくれて、それでも他の人との恋愛を応援してくれる。そんな優しくて一途な人を傷付けていた。

「…ごめん。こんなこと言っても困るよね。俺なら絶対大事にするのにって、悔しくなってさ。」

涙が出た。
きっと、私を幸せにしてくれるのはこの人なんだろうって思う。
だけど、私が一緒に幸せになりたいのはこの人じゃない、とも思った。
私はこの人を幸せにはできない。

「戻ろっか。みんな待ってる。」
そう言って笑顔をつくった先輩は、目の奥が泣いていた。

私はまた、何も言えなかった。