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ネックレス

「このネックレス、かわいいでしょ〜」

「ほんとだ、いいじゃん。」

…予想通りの返答に、私は内心あきれる。鼻がツンとなって、目にこみ上げてきそうなものを、あわてて横を向いてこらえる。

が、そもそも私の方など向いていないあなたには、無意味なことだった。


付き合ってそろそろ1年。

私より1つ年上の、少し大人な彼。
黒に近い茶色の髪で、落ち着いた雰囲気。話すと案外無邪気。
たくさん話はするけれど、肝心なことに限って胸の内を明かさない。
どちらかと言うと犬系のかわいい顔立ちに、煙草が不釣り合いな、何かとミステリアスな男。

「…ん?どした?」
どうしたじゃないよ。私は思う。私はハートのネックレスなんて、自分じゃ買わない。

「なんでもない。お風呂、入ってくるね。」
そう言って私は、ドアを閉めた。

彼から、逃げ出した。

…最近よく思う。

私が知らない彼がいるなんて、分かっている。
全部知ろうなんて思ってないし、知れるはずがないことだって、分かっている。
だけれど、少しでも多くのことが知りたい。

好きなんだから、当たり前だ。

対して、彼が知らない私だってもちろんいる。
全部を知って欲しいなんて思わない。だけど、全部を知りたいって、思って欲しい。
知らない私がいることに、不安になって、焦って、心を乱して欲しい。


ドアを閉めた私は、脱衣所の鏡の中に、胸元に光るハートのネックレスを見る。

そして、昼間に会ったもう1人の男の子を頭に思い浮かべる。

(まだ、好きなんです。誕生日…でしたよね。おめでとうございます。)

そう言ってはにかむ男の子は、学生時代少しだけ付き合っていた、年下の子。今は何とも思っていないけれど、彼からの急な呼び出しは、ほんのちょっと、魅力的に思えた。
1杯だけ一緒にコーヒーを飲んで、半ば強引に小さな箱を押し付けて、去っていった。

不覚にも、久しぶりに胸が高鳴ったのを思い出す。

もし、このネックレスを今の彼の前で付けたらどう思うのか。試してみたのはほんの出来心だった。
誰からのものかと問い、嫉妬し、けんかになるだろうか。さすがにそうなると、私だって困る。
しかし、そうはならないと、自信があった。どこかで結果は分かっていた。

そして、その通りになった。

私がどこで何をしていようが、誰と会っていようが、やっぱり彼には興味がなかった。
私が彼のことを知らない以上に、彼は私のことを知らなかった。知ろうとしていなかった。
今まで見ないふりをしていたその事実が、思っていた以上に胸にこたえる。

私は明日からも、このネックレスを付けて過ごす。年下の彼が好きなわけじゃない。
自分の彼女が毎日身に付けているネックレスが、別の男からもらったものだなんて。
そんなこと教えてあげないんだから。
だって、興味ないでしょう?

これは、大好きな彼への、大好きが故の
私の小さな当てつけだ。