はなびら

――いつかまたこの桜の下で会いましょう。僕達はそんな約束をして別れた。
 記憶の果てに追いやられた学生時代の淡い思いは徐々に霞みだしているが、どうしてかその美しさだけは褪せていかない。それどころか、輪郭を失ったことによって尚のこと美しさに拍車をかけるように……。
 あれから何年経ったろう。時間の経過は振り返れば一瞬でしかない。僕は、彼女とそんな風によく語り合ったことを思い出していた。
――時間は流れていかない、人が流れるようにして燃えていくの。時間が流れていくのなら、その痕跡が残るはずだけれど、それがないのは、時間が流れているんじゃなくて、私達が流れるようにして燃えているから。私達は灰さえ残さずに燃えていくの。時間は見えないわけね、でも、私達が燃えて、徐々になくなっていくのは見えるわ。

 何故、僕達は別れてしまったのだろう。高校を卒業すると遠く離れることの決まった僕達は、次の再会の時まで互いに干渉しないと約束した。
 最初は辛かった。しかし、いつしかその辛さにも慣れてしまった。彼女の、“私達が燃えて、徐々になくなっていく”という言葉が胸に突き刺さる。
 そして、今日。あの別れの日と同じように桜が咲き乱れている今日が、再会の日だ。故郷の桜は、今度は別れを惜しむようにではなく、再会を祝すように咲き誇っている。まるで、新しい出発を告げるかのような花弁の洪水の中、僕は祈りにも似た気持ちで桜を仰いでいた。
――相変わらずその癖は治っていないのね。
 不意に桜の後ろからするりと抜け出してきた声に、僕は言葉にならない感嘆符をあげた。取り留めのない思いが忙しなく溢れてきたが、一つとして言葉にならなかった。
 花弁を舞わせている風が、僕に背を向け、半ば桜の幹に隠れるようにして立っている彼女のワンピースの裾を揺らしていた。
――久し振り、とだけ僕はようやく口にした。

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