紅茶のある風景

 ――沈黙が音もなく退屈にすり替わるのを懸念して、「何か飲みます?」と彼女に声を掛けた。
「あ、紅茶セット持ってきましたから、お湯だけ沸かせてもらえたら……」
「もしかして?」
「アールグレイ?」
 彼女は僕に調子を合わせて首を傾げながら言った。
 もっぱらカップ麺のための湯沸かしとして使い古された薬缶が、彼女の手の中にあって英国の貴婦人のような顔をしている。独身の象徴的な台所に一人の女性が立っただけで、その飾り気のない空間は薔薇の花束を活けたようにぱっと明るくなる。真っ白なブラウスといい、懺悔室の牧師のような深い慈愛といい、彼女は僕の部屋を祓いに来てくれた巫女のようだ。
 並んでキッチンに立った僕と彼女は、お互い照れているのか、二人の間に不自然な距離を置きながら、ちぐはぐに手を進める。そのうちに彼女が、私に任せてください、と笑って見せる。まったくその言葉に従って僕は部屋の奥に引っ込み、エプロンを付けて甲斐甲斐しく働く彼女の華奢な背中を見つめる。しばらくして湯が沸いて、それをティーポットに注いだ彼女がベルガモットの香りと共に僕を振り返ったとき、浮かんでいた微笑の清らかさに心を奪われた。
 ジャンピングさせた茶葉を蒸らしてからカップに注ぎ分ける彼女の細やかな手先の動きに目を細め、豊かな香りを含んでくゆる湯気に一通り見取れてしまうと、僕はCCRの“Down on the Corner”に針を落とした。

  角を曲がった通りの外れで
  ウィリーとプアボーイズが演奏している
  小銭を投げて、ステップを踏もう

  角を曲がった通りの外れで
  ウィリーとプアボーイズが演奏している
  小銭を投げて、ステップを踏もう――



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