海のひと時 後編
*このお話は前回あげた海のひと時 前編の続きとなっています。まだ読まれてない方は、先にそちらを読む事を推奨いたします
それからあっという間に夜になった。夕方まで彼と一緒に海ではしゃぎ、旅館に戻って美味しい料理に舌鼓を打ち、気持ちのいい温泉で疲れを癒した
今は夜中の午前3時。部屋は暗く、疲れているはずなのになぜか眠れない俺は、布団の上で少し今日の事を振り返っていた
久しぶりの海でたくさん泳いだり、景色を見て楽しんだり、クルーザーにも乗って少し遠くまで行ってみたり。旅館でも料理や温泉と二人揃ってはしゃぎ続けていた
そういえば、こんな楽しい始まりは彼が偶然買ってきてくれたあのラムネからだったのを思い出した。夏の音に触発されてこうやって沖縄にやってきたのだ
旅行の鞄からある物を出そうと音を立てないように起き上がる
「眠れないの?」
隣から彼の声がした。振り返ると、彼もまた目を開けていた
「君も起きてたんだ。眠れなくてな」
「僕も。今日は凄く楽しかったから」
「そうだな。俺も久しぶりに楽しかった」
「眠るのがもったいないね」
そんな話をしながら鞄からあのラムネの瓶を取り出した。あれから取っておいて今回もいらないのはわかっていたのだが、持ってきてしまった
「……あ、見て。空が綺麗」
彼が窓の方を見てそう呟いた。俺も窓を見ると、部屋が暗いせいか、星空がよく見えた
「本当だ。………なあ、まだ眠くないんならさ、外に出てみようぜ」
「……ふふ、うん」
静かに笑いながらこっそりと俺達は旅館を抜け出した。少し人目を気にして隠れるようにキョロキョロとしながらも、なんだかドキドキとワクワクが押し寄せてきた
ちょっとだけ悪い事をしている気分だ
浜辺までやってくると、窓から見ていた景色なんかとは比べ物にならない絶景が広がっていた
闇を埋め尽くすような星々の数、夜とは思えないような輝きを放って世界を照らす月明かり。俺達以外誰もいない静かな海、昼とはどこか違うような雰囲気をまとう海の鼓動だけが安らかに鳴り響いている
「海が綺麗だね」
夜空の星々や月を鏡のように映し出す海が、まるで反面世界のように見えた。丸い夜空が目の前に創り出されている。俺の足下に優しく波が誘うようにやってきた
「……星の海で泳ごうか」
自然とそんな事を口にしていた。彼にそっと手を出して共に誘いかける
「….うん」
彼もまた柔らかく笑うと俺の手を握り返してくれた
ゆっくりと海に入っていく。足がゆっくりと海水に触れ、だんだんと足から膝まで水がやってくる。まるで、夜空に俺達が進んでいくようだ
少し冷たい海水と夜でも暖かい気温がちょうどいい。膝を超えそうなくらいまで進んで立ち止まった。波も穏やかで風も強くない。この夜空と俺達が一体化したような感覚に陥った
「こんな綺麗な景色、中々見られないよな」
「うん。まるで、今ここにある全ての星や月の光、海の音が僕達を見守ってくれてるみたい」
「はは、それは凄いな。でも最高だな」
パシャ
彼が両手で海水をすくい上げた。両手いっぱいに溜まった海水をこぼさないようにゆっくりとかかげる
「こうやってみるとさ、ここにもお月様や星の光が映り込む。なんだか、月も星もすくっているみたい。へへ、閉じ込めちゃった」
そんな風に優しく笑う彼の顔を月明かりが明るく照らす
可愛く、美しく、そしてどこか儚げに見えるその笑顔に思わず、口付けをした
静かにわっと驚く彼の声、パシャっと零れる両手にあった星と月、彼が転ばないように優しく腰を抱き寄せた。彼の口からは少し潮の味がした
揺れる夜空に俺達の影だけが描かれている
しばらくして、船着き場にあったあのクルーザーに乗り込んで、船の屋根の上で二人で横になっていた
「あれが夏の大三角だな」
「ふふ、そうそう。詳しくなったね」
「君のおかげだな」
星空に浮かぶ星座を繋ぎ合わせて遊びながらそんな話をしていた。自由に星を合わせて好きな星座を勝手に作り出す、なんて事もしていた。俺が作ったカレー座なんかかなりいい出来だと思う
「この夏は楽しい記憶ばっかりだよ。ありがとう」
「….ふ、俺こそ最高の夏だよ。君がいたからだな」
「この夏が永遠に続くといいのにな」
そう彼が名残惜しそうに呟く。俺もこの夏が終わってほしくないと思っていると、ポケットにある物を入れていた事を思い出した
カラン
「あ、あのラムネの瓶。持ってきてたんだ」
「そう。なんか使えないかなって……」
なんとなく、瓶を夜空にかざす。瓶の中に月や星が、ビー玉にも波や星が反射してキラキラと輝いていた
「見ろよ、俺も月を閉じ込められた」
瓶を彼に見せる
「わぁ〜、ビー玉と合わさって凄い綺麗だね。今の景色を小さく閉じ込めたみたい」
「………なあ、またいつかここに来よう」
「え?うん。行く行く。絶対来ようよ」
「だからこれはその時まで俺達のこの楽しい夏の記憶と一緒にこの瓶に閉じ込めようぜ」
「わかった、タイムカプセルだね」
「はは、そんなもんだな」
突発で思いついた物だが、なんだか素敵な予感がする。きっとこうすれば、いつまでもこの夏を忘れない。忘れたくないこの思いを、ずっと先まで持って行ける
ラムネの瓶に海水を少しだけ入れる。ビー玉と一緒にキラキラと輝いている
「砂浜に文字書いたんだけど、波があって消されちゃうよ」
彼が穴を掘りながらそう言った
「何か目印になる物もほしいな」
「貝殻にする?ほら、綺麗なヤツ!この巻貝とか」
「じゃあ少し分かりやすい所にしよう」
少し探して歩くと、ちょうどよくこのビーチの案内看板があった。そこの根元なら波も来ないし人も穴を掘らないだろう
穴に瓶を入れ、少し埋めた所に巻貝も埋める。完全に砂を戻すと、周りと何も変わらなくなっていた
「これでよし。なんかこれを取り出す時の合言葉でも決めるか」
「ふふふ、楽しんでるね。まあ合言葉にするなら」
「「大好きだよ」」
二人で同じ事を言い、大きく笑い声をあげる。静かな夜の海に俺達の楽しい笑い声と波の音が合わさって綺麗なハーモニーを奏でていた
「あ、見て。夜が明けるよ」
彼が海を指すと海の向こうから太陽が顔を覗かせていた
美しかった夜の世界が終わりを迎え、輝かしい新しい朝がやってきた。美しかった星空をかき消すように、太陽の光が海を、空を、世界を埋め尽くす
眩しくて目を閉じたくなるような光でも、なんだか優しい心地がする。彼と共に手を繋いで太陽が昇っていくのを静かに見つめていた。また新しい夏が始まろうとしている
こんな楽しい夏を、彼と共にまた過ごせますように
星の夜の願い、いつまでも覚えていよう
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