季節の変わり目に
「明日から衣替え週間だからなー。この間に夏服に変えておくんだぞ」
そうか、もう衣替えの時期なのか
朝の先生の発言で春の暖かく温和な季節から暑さが照りつける夏が近づいてきている事を俺は知った
思い切って変えてみるのもいいが、まだ半袖になるには些か寒い。風が吹く度にどこかひんやりとした雰囲気がある。明日からいきなり変える必要はない、暑くなってきたらその日に変えよう
結局、俺はこれまで通り様子見していく考えに至った
そんなHRが終わった後、隣に座る彼が俺に話しかけてきた
「ねえ、衣替えだって」
「あぁ、そう言ってたな。君はどうするんだ?」
「あのさ、衣替え週間って一週間でしょ。最後まで長袖着てて。僕もそうするから」
彼はどこか恥ずかしそうな雰囲気を出しながら、小さく微笑んだ
「構わないけど、なんで?」
「ふふ、ありがとう!じゃあ"お願い"ね!」
「あ、おい」
彼は言い終わるとすぐに他の友達の元へと走っていった。結局理由は教えて貰えなかった
「なんでだ?まあ、いいけどよ」
次の日
俺がいつもの彼との待ち合わせ場所に向かうと、既に彼が待っていた。服装は、俺も彼も長袖のままだ
「あ、おはよう。ふふ、早速長袖のままでいてくれて嬉しい」
「おう、おはよう。まあ別にいつ変えたって構わないからな。んで、理由は言いたくないのか?」
「う、うん。最後の日に話すよ。ほら、行こう」
彼はそう言って俺の手を取って歩き出した
さっき、俺は見逃さなかったからな。俺が視界に入った時に長袖なのを見てホッとした表情を浮かべてたのを
クラスに二人で入ると、早速半袖を着ている男子達が数名目に映った。まだ寒いだろうに、いきなり変えるのは凄いと思う
「まだ昨日の今日だから長袖の人ばっかりだね」
「そりゃあな。まだ朝とかは寒いから」
「忘れないでちゃんと最後まで長袖着ててね!」
「はいはい、わかったから」
このまま何事もなく過ぎると思っていたが、週末の土日にいきなり気温が上がり、夏日と言われるほどの気温に変化した
そんな事があり、月曜日を迎えた朝にはひんやりとした雰囲気は消え去り、むわっとした熱が籠る空気が満ちていた
半袖になるタイミングなら今日だろう。おそらく、ほとんどの人が今日で半袖になるはずだ
だが、彼は違うと俺は自信を持って言える
初日の俺が長袖を着ていた時の彼の安堵した表情を見ていたからだ。理由は教えて貰ってないが、彼なりの考えがあってあの"お願い"をしたのだろう。そして、俺はそれを承諾した
彼からの"お願い"と小さな期待を裏切って彼を悲しませるくらいなら、暑さを無視して熱中症になった方がマシだと思う
俺の考えは決まっていた
「あっちぃ....」
携帯に彼から部活の朝練に早く参加するためにいつもより早く出たと連絡があった。いつもの道を一人で歩いているが、照りつける太陽と蒸し暑い風が俺を襲う
「水分を多めに持ってきて正解だった。登校だけで一本飲み干しそうだ」
教室に入ると、想像通り目に入るほとんどの人が半袖になっていた。逆に俺の長袖は場違い感溢れていた。流石に周りの人から囃し立てられる
「お前、こんな暑いのにまだ長袖なのかよ!」
「半袖を久しぶりに出したから洗濯してるんだ」
適当に嘘をついて誤魔化しながら、彼がやってくるのを待つ。きっと彼も長袖の事を言われているに違いない
すると、彼が教室に入ってきた。ほらな、やっぱり俺の想像通り長袖だ
少し俯いて顔を暗くしながら教室を見回した彼の視界に俺が映る。互いに目が合った瞬間
彼の目に光が灯った
不安なしょんぼりとした顔から様々な表情を経由して嬉しさと喜びが合わさった笑顔になる
俺は彼のこの顔を見れただけで、暑い中我慢して来た甲斐があったと実感する
「まさか本当にこんな暑いのに着てくれるなんて思わなかったよ!」
彼は嬉しくてたまらないのだろう、照れ隠ししているのがバレバレなほど顔が緩んでいる
「まあ、君からの"お願い"だからな」
二人で静かに笑い合う。そんな俺達を見ていた周りの人からこんな声が
「なんか、半袖ばっかの中でお前らだけ長袖だとまるで"ぺアルック"みたいだな」
その声を聞いた彼がビクッとした動きをして俯いたまま硬直した
どうしたのかと思っていると、彼の耳や顔がどんどん赤くなっていく
...あー、なるほどな?そういう事をしたかったんだな?
突然の沈黙が周りを襲う。声をあげた人もまさかの沈黙にいたたまれなくなっている
とりあえず彼の硬直を解かないと
彼の俯いている頭を優しくポンポンとたたいた。すると、彼はまだ赤い顔をあげて潤んだような瞳で俺を見てきた
は?可愛いな??
動揺した心をなんとか押さえつける
「もうすぐ先生来るから座ろうぜ」
「う、うん」
彼のあんな可愛い顔を見れるなら俺はいくらでも君の"お願い"に応えようと決めた
夏の蒸し暑い嫌な暑さは消え、ドキドキとはやる気持ちと彼と俺の間だけの確かな熱を感じていた
暑さも忘れて熱に浮かされ