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異国の空の下 スタバのフラペチーノ 【イギリス・ロンドン一人旅】
その夏、私は初めての海外一人旅でイギリスに出かけた。
海外に行くのは初めてではなかったが、英語は大してしゃべれないし、臆病で、自分から積極的に行動したりするタイプではない私にとって、完全に一人での海外旅は、かなりの冒険だった。
そんなこの旅といえば今でも思い出すのが、ロンドンで飲んだバナナヨーグルトフラペチーノだ。
その年のイギリスは猛暑で、滞在中の気温は連日30℃を超えていた。
普段、夏でも30℃を超える日は少なく、蒸し暑い日本と比べると湿気も少ないイギリスでは、ホテルなどの部屋にエアコンが付いていないことが多い。
私が滞在したホテルの部屋にも、エアコンは付いていなかった。
ロンドンでは部屋に扇風機を借りられたし、お店や出かけた先々ではエアコンが入っていることも多かったのだが、それでもロンドンでの初日の夕方、私はホテル近くのスターバックスに入った。
というのも、ロンドンに来る前の晩、私は地方の町で熱中症を起こしていた。
持っていた清涼飲料水の粉末で、何とか大事には至らなかったものの、日本と比べればましに思えた暑さにすっかり油断していたのだ。
しかし30℃以上の中で一日を過ごせば、それなりに身体に暑さが溜まる。
地方の街では、ホテルの部屋はもちろん、どこに行っても大抵エアコンがなく、暑さをリセットできないまま数日を過ごしたことで、気づかぬうちに身体に熱が蓄積していたようだ。
しかも前日の地方の町よりも、ロンドンの方が気温が高かった。
たった一人の海外で、もう少しで大事になりかねなかったという危機感から、私はエアコンの入った場所で、火照った身体を一旦冷ましてから部屋に戻ろうと考えたのだ。
コーヒーが飲めない私は、今も日本でスターバックスに入ったことがほとんどない。それでも、日本でよく見かけるスタバは敷居が低い。
涼さえ取れれば、飲めないコーヒーを注文してもいいと思っていた私は、メニューに「バナナヨーグルトフラペチーノ」なるものを見つけ、一安心した。
私には、甘いものはどれも甘すぎたこの国で、バナナヨーグルトフラペチーノは、甘さが程良く抑えられていておいしかった。
その日から、私はロンドンに滞在した1週間ほどの間、毎日夕方になると、そのスタバでバナナヨーグルトフラペチーノを飲み、たっぷり1時間は休んでから部屋に戻った。
日によっては、パニーニを一緒に頼んで、それで夕食を終わらせることもあった。
定位置は、道路沿いの窓に面したカウンター席。
日中は、行くところがあって、やることがあるから、一人でも寂しさを感じない。
でも夜になって、部屋で一人過ごしていると、急に孤独や不安に押しつぶされそうになることもあった。
けれどスタバでは、周囲に人の気配が感じられ、私は一人だけれど、孤独ではない。
身体から暑さが徐々に抜けていき、おいしいと思える飲み物を飲んでいると、海外で一人だからと張りつめていた心もゆるんでいく。
1日を終え、スタバで涼んでいる間、私はいつもボーっとしながら窓の外を眺めていた。
窓の向こうには夕方のロンドンの街並みが広がり、住人たちが目の前を足早に通り過ぎていった。
最後の日、空港に行くまでに時間があった私は、初めて昼間にスタバに行った。
そこには、1週間ほどの間に顔なじみになった店員さんがいた。
私は最後のバナナヨーグルトフラペチーノを飲みながら、窓の外を名残惜しく眺めていたが、ふとカップを見ると、いつもはオーダーしか書き込まれていないのに、その日はその横にスマイルマークが書いてあった。
大袈裟だけれど、なんだか自分がこの街に受け入れられた気がした。
あの夏以降、イギリスには行っていない。
私が今、ロンドンと言えば思い浮かべるのは、ロンドン橋でも、ビックベンでも、バッキンガム宮殿でもなく、毎日飲んだバナナヨーグルトフラペチーノと、あの夏のスタバ前の景色だ。
そして夏になると毎年、バナナヨーグルトフラペチーノが飲みたくなる。
夏にスタバの前を通りかかると、店先の季節限定メニューの看板を思わず確認してしまうけれど、今のところ、バナナヨーグルトフラペチーノは日本では発売されていない。
おかげで今も私は、スタバとは縁遠いままだ。