何を考えて『インターネットが知らない世界で』を作っていたか
僕がこのアルバムを作っていたとき何を考えていたのかなんていうことは、ほとんどの人が説明をされても仕方のないことです。それを説明することは僕にとっては少しおこがましいというのが最初の気持ちです。それに、ある面では本当に無意味で、なぜならそれは、すべての作品は(作者の意図とは無関係に)受け取った人の手に渡った瞬間からその人のもので、解釈もつじつま合わせも聴者が舵を取り始めるものだと思っているからです。
だけれど、たくさんの方々からアルバムを聴いた感想をいただいて、僕はその感想と自分の考えていたこととの距離をできるだけ明確に測っておくべきだとも思っています。なぜなら、それもまた音楽の楽しみ方の一つであると思うのです。そういう意味を含めて、そのとき考えていたことをここに記していこうと思います。
一言で言うと、この『インターネットが知らない世界で』というアルバムの中に込められている意志は、「失われてしまいそうだけれど今でもそこにあるものの価値を、見失わずに持っていたい」ということになります。それは、この社会全体の空気も僕個人の人生もとても似ていて、大切だと思っていたものやことが、時代や環境変化によって、遠く下流の方へ押し流されていくことに違和感を感じているし、とてもそれが嫌だったからです。
アルバムの表紙の写真は、その象徴として在ると思っています。この「廃墟になったホテルの看板」は、yukinoさんが岐阜の柳ヶ瀬商店街周辺を歩き回って撮ってくれた数多くの写真の中から、僕が選ばせてもらったものです。そのときは分からなかったけれど、この中には前述の意志が内包されているように思っています。この写真を中心にあと3枚を選び、アルバムの各所に使わせてもらいました。飾るでもなく、過度な加工をするでもなく、そこに在るものを空気と一緒に撮り収めてくれるyukinoさんの写真が僕は好きです。その後、これらの写真をごとうひろみくんが、僕の感覚を汲み取ってバランスを取りながら、的確に配置してパッケージしてくれたのがこのCD盤と歌詞カード、そしてCDジャケットです。僕は彼の人間味がありながら、構図をきちんと数学的に捉えて配置していくマメさと器用さが好きです。
このアルバムリリースに際して、僕は2作のミュージックビデオの制作を吉田ハレラマ監督にお願いしました。2019年2月に、鈴木実貴子ズという友人のミュージシャンのミュージックビデオにたまたまエキストラとして出演することになったときにハレラマさんに出会いました。監督の映像の質感(それはyukinoさんの写真ともとても似ています)と、誰とも似つかないアイディアや、柔らかい物腰ながら奥にあるプライドみたいなものに僕はゆるりと魅せられてしまって、この人なら撮ってもらいたいと思い、お願いをしました。
MVを撮るなら「ランプ」をまず撮るべきだと僕に言ったのは、鈴木実貴子ズの実貴子ちゃんでした。「あの曲は特別だから」というようなことを言ってくれたのに対して、僕は正直曖昧な気持ちでいました。なぜなら、そのとき「ランプ」はすでに音源化されていて、かなり古い昔の僕の演奏だったからです。そう言うと実貴子ちゃんは、「だったら録り直せよ!!!」と言いました。よく考えるとこのアルバムを作ることになった最初のきっかけは、この「だったら録り直せよ!!!」だったのかもしれません。
アルバムの構想はもう10年ほどの付き合いになる岐阜県岐南町というところにあるMr.STUDIOのマスターと話し合いながら決め、レコーディング、ミックス(語弊を恐れずに言えば、ギター、ボーカルなどのバランスを取ること)を進めていきました。田舎の小さなリハーサル兼レコーディングスタジオですが、僕はここのマスターの考え方と人柄が好きです。たくさんの話をする中で僕がここで固まったことは、「自分の曲のよさを信じた音楽をする」ということです。そしてそのためにすべきことは、がなることでもなければ、とにかく大きな音を出すことでもなく、「曲を表現する」ということです。さらに、最近の音楽に溢れている音圧競争から抜け出して、「演奏された生の音楽を記録し、できるだけ忠実に再現する」ことに向かうことにしました。そのためには、大きな音を出したり叫ぶように歌うことだけが感情的ではないことや、ギターの無闇なオーバーバッキングを辞めて安定させることが歌の感情をより伝えることになることも教えてもらいました。
マスタリング(大きく言えば、アルバム全体の曲の質感やバランスを取ること)は、京都のMUSIC STUDIO SIMPOというレコーディングスタジオの小泉大輔さんにお願いしました。僕は京都の友人のミュージシャンの何人かが録っていた小泉さんの音源を知っていて、どんな爆音やエッジの効いた音も、その勢いは殺さぬままに瑞々しく仕上げられていると感じており、憧れがありました。また、マスタリングを、前作『歌はさよなら』においてレコーディングからマスタリングまで完結させたMr.STUDIOではなく、STUDIO SIMPOに依頼することは、アルバムを出すならその度に自分の音を進化させていきたいという気持ちを、一番はっきりとした形で意思表示できるとの思いもありました。小泉さんは、見ず知らずの僕の方向性を丁寧に何度も汲み取ってくださり、本当に理想の音に仕上げてくださいました。
本作『インターネットが知らない世界で』に収録されている音楽全体に関しての考え方は、アルバムをその全編を通して一つの作品にするということです。それは僕が、oasisの『Moning Glory』、椎名林檎の『加爾基 精液 栗ノ花』、PRINCEの『LOVESEXY』のように、それぞれの曲の存在感がありながら、序曲から終曲に向かって映画を観ているような作品に憧れをもっているからです。
曲については、最初にも述べた通り、受け取った人の手に渡った瞬間からその人のものだし、そもそも思いのようなものは、もうそれぞれの曲に表現されていることなので、その詳細については説明を避けたいと思います。ただ、曲の味付け的な部分や周辺的な部分については考えていたことを、選んだ順番と共にここに補足的に記しておこうと思います。
まず最初に選んだのは「ランプ」という曲です。氏に「撮り直せよ!!!」と言われたことは別にしても、この歌は暗闇や孤独の中でも心と眼差しだけは背けないで大切な人を守ろうとしている歌だと僕は思っています。それは2018年の暮れにおいても満足に目の前の人を守れない僕にとっては変わらず忘れるべきではない気持ちでした。
録音に際しては、曲の長さを改変すること、テンポを昔の音源より早くするかなど考えを巡らせましたが、最終的にはそのままにすることにしました。なぜなら、不完全な魅力を持ったままこの曲は完成しているのだと、何人かの友人に相談するなかで気づかされたからです。曲の土台はそのままに現在の気持ちとしての歌を歌うことでこの曲を作品に収めました。ギターについては、後半にかけてもう1本のアコースティックギターが重ねてあります。また、この曲ができた当時、キセルやはっぴいえんどのような一音に対して語の一音を乗せる歌に魅力を感じていたことが、この曲のメロディと詞の関係に含まれているとも思います。
次に選んだのは「ばらばらになろうよ」という曲でした。「ランプ」のミュージックビデオを撮ると決めて、レコーディングもすると決めた僕は今までと同じ場所で腐っている場合じゃなかったし、そういう自分を認識し始めた2019年の春頃にできた曲です。この頃は音楽としてのポップスを書きたいと思って、矢野顕子、槇原敬之、宇多田ヒカルあたりのアーティストをコピーしたりしながら、この曲を作りました。クリシェ(ルート音が降りていく)のコード進行やテーマとなる言葉がある音楽がポップスに多いのだと気付いたのでその手法を使った曲になっているかと思います。基本的にはバッキングギターが鳴っていますが、レコーディングではところどころアルペジオのギターが重なっています。
3曲目に選んだのは「るらら」という曲でした。この曲は「ランプ」を作ったのと同じくらいで、学生時代の曲になるかと思います。短い3拍子の曲で、歌詞も抽象的ですが、アルバムの入り口として、寂寥感の中にも何も諦めていない願いみたいなものだけがあると思ったので選びました。レコーディングでは4本のアコースティックギターを重ねています。初めてギターの音が重なるところで、(これは意図的ではないのですが)2本のギターの単音が重なって広がるような響きを、とても気に入っています。
4曲目に選んだのは「呼吸をすること」という曲です。2019年の4月の終わり頃、夜眠りながら寝言のように歌っていたメロディを夢うつつの中でiPhoneに録音してから、そのまま部屋の外へ出て、近くの駐車場で平日の早朝に駅に向かう人たちを眺めながら歌詞が乗ったものです。ギターは後でメロディに合うように付けました。
そして、最後に選んだのが「皐月の花と朝の夢」です。2019年の5月の終わり頃にできた曲だと思っています。友人の失恋話と自分のそのときの気持ちが重なるような気がしているうちにできた曲です。音楽としては、alvvaysというバンドのミドルテンポくらいのテンポ感とBlack Label Motercycle Clubというバンドの「HOWL」という曲の後奏のオマージュがこの曲の後奏にあるところが気に入っています。また、レコーディングではコシと広がりを出すために、2本のギターを重ね、内1本は通常より太い弦を張ったアコースティックギターを使っています。
そうして出来上がった曲を並べて、最後にこのアルバムに『インターネットが知らない世界で』という名前を付けました。それぞれの曲の物語めいた場面を繋いで、また新しいひとつの物語を紡ぐことは、僕にとってのとても好きなことのひとつです。
『インターネットが知らない世界で』という名前をこの音楽に付けたのには、さまざまな意味がありますが、そのうちの一つは、これだけの情報が世の中や1人の人間の中に溢れても、インターネットが知らない音や感覚の中にも、忘れ去られてはいけない、生きていくのに本当に必要なものがあるということです。この名前の付いた作品を世の中に出すことは、そこに価値をあてることだと思いました。
また、このアルバムは、音楽的にみても、本当に必要なものを、一度ゼロにした状態からもう一度再構築したという側面があります。それは上述のような曲と音のアレンジやそれらの性格、曲数やアルバムの長さにおいて、生きた音楽を鳴らす上で、足しすぎていないかと足らなくないかに注意を払いながら吟味していきました。そうすることで、多様性という言葉に甘く包まれながら溢れ返った音楽の価値観の中から、本当に必要なものを紡ぎたいと思っていました。
ミニアルバムとしては最小と呼べるくらいの短いアルバムになったのも、これが今やいちばん丁度よい長さだと思ったからです。前作『歌はさよなら』というアルバムが30分ほどで割とフルコースにお腹いっぱいのものだったのに対して、もう少しライトな短編小説くらいのサイズものもが作りたかったというのもあります。その結果、合計15分と少しの作品になりました。
もしかしたら、この作品は、ある人にとっての物足りないものになっているのかもしれません。アルバム全体の曲の短さに加えて音楽的なことを言えば、それは、できるだけ音をコンプレッサー(強引に言えば、音の音量バランスのむらを音を潰すことで均すもの)で固めずに、大きく鳴らしたところは大きく、小さく鳴らしたところは小さく聴こえるようにしてもらっていることに起因するのではないかと思います。
世の中にある多くの作品や、僕の前作『歌はさよなら』は、曲をコンプレッサー(強引に言えば、音の音量バランスのむらを音を潰すことで均すもの)で固めて、どんな場所でも聴きやすいようにしてあり均整さがありますが、僕はその逆のことをしたいと思っていました。
なぜなら、そういう音圧の大きい音楽、一聴してバシッと耳に入ってくる音楽は、(最初は刺激的だけれど)長くは聴き続けられないと感じていたからです。Instagramの加工にあるような艶やかさや、味の濃い二郎系ラーメンはパンチがあって刺激的だけれど、やっぱり僕は家の壁にひっそりと確かに置いておきたいような写真や、ご飯と味噌汁の延長にあるような料理の方が長く好んで食べることができると思っています。世の中のすべての写真がInstagram加工で、食べ物が二郎系ラーメンばっかりになったら、生きていくのは息苦しくて辛いなと思ったし、たとえ周りがそうであっても、僕は年月と共に褪せる写真の飾られた部屋で、旨い出汁の醸す味噌汁と白米を出せる店になりたいと思ったのです。そして、その儚さのようなあたたかみにいま僕は魅力を感じています。
少しおこがましいことを申せば、CDを買ったけれど比較的小さな音で聴いている方は、CDのボリュームをぜひ少しだけ上げてみてほしいです。きっとそれまで聴こえてこなかった低音や奥の方の空気の音が聴こえてくるはずです。このアルバムはそういう音になっています。そしてまたこの音は、サブスクリプションのような圧縮・加工された音では感じることができないものにもなっています。少し我を出せば、これはストリーミング音楽がどれだけ流行って、周りも僕もそこに呑まれた今の時代でも、僕はCDの力を信じていたいという意思を込めたものです。
また、この音源には、音としてのボーカルとアコースティックギターの音だけが入っています。それは僕が他の楽器を含まないアコースティックギター弾き語りという形態をもってライブをしていることが大きく起因していることに他なりませんが、このような限りなく最小に近い形でも、十分に必要なものの足る音楽になれると信じているからでもあります。なぜならここにはリズムもメロディもアンサンブルもあって、その上に詞も気持ちも空気もあるからです。そしてこれが聴いてくれる人にとっても足りうるものであれば幸いだと思っています。
『インターネットが知らない世界で』という作品を聴いてくださっているみなさん、改めて本当にありがとうございます。そして、この長い長い文章を読んで、また、少しこの作品を深く楽しんでいただければ嬉しいです。
この作品は全国流通をしていますが、本当に納得のいくよい作品ができたという自信とたくさんの人に広がってほしいという願いがそこにはあります。これからも、よりたくさんの人に、そして、より1人の人の心に深くこの作品が広がっていくことを心から願っています。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。そうして僕はまた次へ向かえるような気がしています。
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ハルラモネル 2nd mini album
『インターネットが知らない世界で』
■アルバムCD詳細情報
アーティスト:ハルラモネル
タイトル:インターネットが知らない世界で
品番:PML-02
価格:¥1,000(+税)
発売日:2019/11/30
《Track List》
1.るらら
2.皐月の花と朝の夢
3.ランプ
4.呼吸をすること
5.ばらばらになろうよ
■MV、試聴、サブスクリプション、CD購入情報
【Music Video】
《第1弾MV「ランプ」》
https://youtu.be/hb7EiKp7LpM
《第2弾MV「ばらばらになろうよ」》
https://youtu.be/FaUAZxkBZts
【全曲試聴サイト SoundCloud】
https://soundcloud.com/haruramoneru/sets/2nd-mini-album
【全曲ストリーミング配信】
https://album.link/s/63G1nFmehTqp26i4Z56bvC
※Apple Music、Spotifyなど各サブスクリプションにて配信中
【CD購入サイト】
《TOWER RECORDS ONLINE》
https://tower.jp/item/4984279
《Amazon》
https://www.amazon.co.jp/dp/B07ZLJ7DR6/ref=cm_sw_r_cp_api_i_U2B5DbKBQYN5J
※その他各オンラインショップでも購入可能。
【CD取り扱い店舗】
《岐阜》
□TOWER RECORDS モレラ岐阜店 ※特典付
□HMV イオン各務原店 ※特典付
《名古屋》
□TOWER RECORDS 名古屋パルコ店 ※特典付
□TOWER RECORDS 大高店 ※特典付
※特典付きの店舗では、購入時に3種類のステッカーのうち1枚をくじ引きしていただけます。
※その他お近くのCDショップにて注文していただけます。各店舗へご確認ください。
※実店舗でのご予約・ご購入は、事前に一度お電話にてご確認していただくことをお勧めいたします。
■アーティスト情報
《Twitter》
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