『三都メリー物語』⑲

大阪の梅田のホーム内で待ち合わせをした。平日の午前10時は、通勤ラッシュほどではないが案外人がいる。明日がクリスマス・イブといこともあってホーム内のカフェはツリーやリースが飾られている。10分ほど早く着いたレイは、松田くんがまだ来ていないとわかると鞄の中にある本を取り出して読み始めた。その本の主人公は、引き寄せられるくらいの絵画に出会い、その絵画の中に入って冒険するという話でレイは、続きが読みたくて仕方がない。そんな時、携帯電話が僅かに鳴った。
鞄から携帯電話を取り出して画面を見てみると、
「ごめんなさい。20分ほど遅れます」というLINEが来ていた。
「はーい」とだけレイはLINEで返事を返した。
続けて本を読んでいると時間が過ぎるのは、あっという間で松田は、マフラーを口のところまで巻いて
遅れてきた事を申し訳なさそうにレイに近づいた。
イタリア料理店で働いているパテシエ姿と違って学生にしか見えない、ハッキリとした目は顔全体の特徴をバランスよくさせている。身長は、175センチといったところだろう。
「レイさん、お洒落ですね」グレーの裏地がモフモフのダッフルコートに赤いチェックのマフラー姿のレイを見て松田が、言った。
「レイさんって、結婚されてるんですか?」と、停車している電車のほうへ向かいながら訊いた。
松田の後を歩きながら、
「してるよ」と、レイはさらりと言った。
二人は、電車に乗ると空いている座席に座った。電車が発車する頃には、どの席も乗客が座っており、吊り革をもって立っている乗客も多くなった。
発車して暫くすると、松田は立ちあがり、車両の前の文字のようなものを鞄の中から一眼レフを取り出してシャッターを切った。すると今度は、座席の後ろを向いて車窓から同時くらいに貨物列車が走っているのを一眼レフで撮りだした。
レイは、他の乗客からどう見られているのかと考えると少し恥ずかしく思った。
行き先は、京都の鉄道博物館だ。京都に着くと昼食をとることにした。豚カツ屋に入ると店員さんがカウンターに案内した。暫くして注文した豚カツが来ると、松田は上品に食べてご飯のおかわりをした。幾らでも食べれる年頃なんだとレイは思う。
店を出て、バスターミナルに向かう。12月というのに風もなく天気がいいので寒さを感じない。
バスが来て、二人で座席に座った。
「鉄博に着いたら、僕の写真撮ってもらえますか?丸山さんに見せようと思って」
イタリア料理店でホールで働いている四十歳くらいの女性の丸山さんのことだ。
「いいよ、格好よく撮ってあげるね」

来慣れているのか、バス停から降りると直ぐに松田は、歩きだした。すると、そこは広場になっていて
冬なのに家族連れや学生たちがスケボーをしている。レイは、解放的な気分になり松田の手を繋ぎたくなった。けれど相手は未成年だ、レイは気持ちを抑えた。
「僕は、高校生を中退して製菓の専門学校に通ったんです」
「それで、そんなに若いんだ」
「人とのコミュニケーションが得意ではなかった。製菓に出会って今の店で働くようになって一番に話しかけてくれたのが丸山さんだったんです」
「丸山さんね」そうレイがあらためて言う、
「ここですよ、レイさんここをバックに写真撮ってもらえますか?」と松田はテンション上がり目に言った。
「いいよ」レイがそう言いかけた時には松田は一眼レフをレイに手渡していた。結構ずっしりとしたカメラのシャッターをきる。松田は、カメラを覗き込むと自分の顔の表情がいまいちだったのでもう一度撮って欲しいと言った。それは松田くんの丸山さんに対する思いがとても表れている、とレイは思った。そして丸山さんに嫉妬のようなものを感じた。鉄道博物館では、松田は展示しているひとつひとつ丁寧に見ているのでレイも同じように見ていた。窓から夕刻の空が見えた。まだ帰りたくなさそうだった松田だが、明日のクリスマス・イブはイタリア料理店が忙しくなるのは目に見えているので、二人はそろそろ帰ることにした。

電車を待っているときも、電車に乗るとき携帯電話で写真を撮って電車に乗り、座席に座った時も携帯電話に打ち込んでいる。何をしているか訊いてみるとTwitterだという。
「見たい」とレイが言うと、レイの携帯電話で自分をフォローした。
Twitterを見てみると松田くんの行動が分かった。
よりいっそう松田くんに近づけた気がするとレイは思った。

大阪に戻った二人は通勤ラッシュで人混みに紛れそうになった時レイは、松田くんの腕を掴んだ。それは彼氏の腕を掴む感覚だった。そして向かった先はパンケーキの店だった。

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