『三都メリー物語』⑱

白い雪が、レイが着ている黒いダッフルコートに当たっては、溶けている。暗い夜の道は、足の裏の感覚さえ冷たさで奪う。レイのアルバイト先のイタリア料理店から緩い坂を下って歩いて15分のところに、3階建ての小さなカラオケショップがあった。イタリア料理店のメインデッシュシェフの30歳半ばで神経質そうで眼鏡をかけている青木とパスタ担当の27歳くらいだろうか、茶髪で顎にわずかに髭をはやしている細身の白井、ホールを任されている四十歳くらいの女性の丸山さん、学生の女性二人と学生の男性一人とパテシエの松田とレイたちは、その店に入った。
早速青木と白井は、マイクを持つと歌い出した。仕事の疲れを吹っ飛ばすかのように二人は、続けて歌っている。他の皆は、取り敢えずお腹を満たすものをつまんで食べた。こんな感じは、いつものことらしい。レイの隣に松田がいた。音楽の音で聞き取りにくいが、レイが松田に、
「休みの日は、何してるんですか?」と、アルバイトの身なので丁寧に訊いてみた。
「僕は、ジオラマとか作ってます」松田は、恥ずかしそうに言った。
「一つ一つ買うとなると、結構お金掛りそうですね」と、レイが言うと、
「そうなんですよ、あと、カメラも好きです。色々撮ります」
青木と白井の歌声は応援歌に聞こえる。
「何を撮るの?」レイは、松田と距離を縮めたくなった。
「電車。僕、電車が好きなんですよ」応援歌からバラードの音へと変わった。
「彼女と一緒に撮りに行くの?」
「彼女なんていませんよ、いつも一人です」
青木と白井がまた違う曲を歌い始めた。
「じゃあ、電車を撮るとき私も一緒に行くわ」
「えっ、本当に?」
「そうね、来週の金曜日は、どう?」
「いいですよ」
そんなとき、丸山さんが松田の横に座った。
「このこ19歳なのに偉いわー、私が19歳の時、何してたかしら。忘れちゃった」丸山さんは、少し酔っているようだとレイは、思った。

店を出ると、青木と白井は酔いながらお開きの声をあげて、皆はそれぞれ帰っていった。
レイと松田は、LINEの交換をして別れた。
暗闇の夜は、満月の月明かりで少し見通しがいい。
自宅に着いたレイは、部屋の明かりをつけると、鞄から携帯電話を取り出し、松田にLINEをした。
「お疲れ様。また連絡します。おやすみなさい」
「お疲れ様です。おやすみなさい」

次の日の店が終わった頃にレイが、松田に電話すると、
「やー、昨日のおやすみなさいは、なんか恥ずかしかったです」
「そうなんだ」松田くんは、純粋だなとレイは思う。
「僕、実は丸山さんが…何て言うか…そのー、好きで…」
「そうなんだ。でも、電車の写真撮りに行くのは、私…一緒に行こうよ」
「はい、一緒にいきましょう」
松田くんは、丸山さんの事を言ったけれどなんだか
高校生が放課後会うような、レイにとってそんな嬉しさだと思った。

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