『あのこたちは、どこに』 (小説)15
店を出ると、夜の街は少し肌寒かった。大学が近いせいもあって、学生のグループが変に酔って少しふざけて声を荒げている。それを横目にサラリーマンたちが通り過ぎ、駅の改札口の方へと歩いている。
藤田風海は、腕時計を見ると、8時を過ぎたところだった。まだ飲みたらない思いで清水に、
「もう少し飲みませんか?」と訊いてみた。
「そうですね」と、清水は全く酔った顔もせず、
「この辺で、よく行く店を知ってるんで、そこに行きませんか?」と言った。
「じゃあ、そうしましょうか」と、勝間の顔を見て風海が言った。
三人は、少し歩いて信号が青だったので横断歩道を渡った。
風海は、道路の白線を歩く自分の足元を見た。
サンダルのつま先から見える赤に近いピンク色のネイルがいい感じだ。先程の店で清水さんの足がが、私の足に絡んできた。
青の信号が点滅し出したので、三人は慌てて走り出した。
この辺りになると、一段と学生が色んな店の前で並んでいる。オシャレな店が多いせいだろう。
清水は、少し奥まったコンクリートの階段を
駆け上がって行った。風海も勝間も後に続いた。
上がった先は、ガラス張りのショトバーだった。
店に入ると流行りの洋楽が流れている。カウンターに並ぶ洋酒の瓶はさまざまで間接照明がいい雰囲気をかもし出している。左側の壁には、大きくサーファーたちの映像が映し出されている。
店の人が案内してくれた席は、座ると深く沈むゆったりとしたソフトレザーのソファだった。清水は向かい合わせになっているもう一つのソファに座った。
店の人が、メニューを開いて注文を訊きに来た。清水はジャックダニエルのロック、勝間はスクリュドライバー、風海はマテイーニ。
「なんだか、こうやって数人で飲むのは久しぶりなんですよ。こんな時に、こんな話はどうかと思いますが、実は最近両親が離婚しちゃって。弟がいるんですが、弟は、沖縄の方に仕事の関係で住んでいるんです。私は一年前にアメリカから帰ってきてアパートを借りて一人暮らしをしていたのですが、父も母も家を出てしまい、実家は結局私が一人住むことにしたんです。その引っ越しがつい最近で、一人暮らしにしては広すぎだし両親の離婚もあって、心がほんの少し沈んでた感じで…」
清水は、いつも楽しい人だがアルコールが入ったせいかいつもに増して饒舌になっていた。
「そんなことが、あったんですか。今は大丈夫ですか?」と風海は、とても心配して言った。
「清水さんには、弟さんがいらしゃるんですね」
風海は、そう言って手に持っているグラスのマテイーニを一気に飲み干した。
「大丈夫ですか?風海さん。あまり飲みすぎて、途中歩けなくならないでくださいよ」と勝間が風海の顔を覗き込んで言った。
「平気、平気!あっ、すみません。ソルテイ・ドッグをお願いします」と、風海がバーテンダーに向かって言った。
「じゃあ、私も。ジントニックで」と、清水が言った。そんな清水は、酔いは一向に顔に出なかった。
バーテンダーが作った、ソルテイ•ドッグを黒服の男性が風海のテーブル席に置いた。
「りがとう」上機嫌で風海は、ニコッと微笑んで黒服の男性に言うと、
「なんだか楽しい。それにこのナッツ、美味しい…」と風海が言うと同時にテーブル席にあったソルテイ・ドッグの入ったグラスが倒れた。
「あー、あー」勝間が呆れた声で言った。
黒服の男性がそれに気づいて、テーブルを拭きに来た。
三人は、
「すいません」を何度も謝った。
「そろそろ、御開きとしましょうか」清水が立ち上がって言った。
店を出ると、清水が背負うリュックの肩紐に風海は掴んだままでいる。よろけることもあって、風海は、甘えるようにいつまでも掴んだままだ。
ここで勝間に、
「心配なので、私が家まで送って行きます」と、清水が言ってはくれなないかと心の中で願っていた。
信号が青に変わり、ずっと清水のリュックの肩紐を掴んだまま横断歩道を歩く。
近くのタクシー乗り場で清水が、
「勝間さん、藤田さんをよろしくお願いします。気を付けて帰ってください。私は、電車で帰ります」と、タクシーに先に乗る風海と気遣う勝間に言って、別れた。
自宅に戻った風海は、今日は、楽しかったですのメールを送ろうか迷った。でも、やめた。清水が自分を勝間に頼んで、清水は一人で帰ったところに、距離を縮めることはできない人なんだと思った。