【小説】夏の思い出 3
夕刻を告げるかのように、ヒグラシの鳴き声が、本堂に響きわたっている。
和尚から案内された場所は、畳の広い本堂だった。
朽木鞠由は、大学生らしき女性の三人や他の老若男女の後に続いて座った。
ここでの長い説明を終えた和尚は、本堂を前にして読経をはじめた。鞠由たちも同じく声を出してお経を読む読経というものを、まだ、ぎこちなく声も小さいながらもはじめた。
意味がわからないが、取り敢えず和尚の声を頼りに口を動かす。
昼間の灼熱の太陽は、すでに山の端へと沈もうとしており、心地良い風が通ってはいるけれど、慣れないお経のせいか額から汗の玉が流れた。
その後、和尚から「法話」という話が続いた。
僧侶など仏教に携わっている人物が仏教の教えに基づいた話を一般人向けに分かりやすく説き聴かせる法話は、皆が真剣に聴き入っており、鞠由もその中のひとりだった。
法話が終わると食事の時間になった。本堂を出て長い廊下を歩いて行き、一旦外に出て小屋の部屋から鞠由や他の女性たちは、ここで配られたふくさのような小さな風呂敷に包まれた大小の3つおわんを持って食堂へと向かった。
廊下の窓から見える外は、すっかり暗闇で、苔の生えた灯籠に明かりが所々に灯っている。
それを横目に長い廊下を歩くと食堂に続いた。
中に入ると長いテーブルが3列置かれてあった。
座席指定はないようだ。
席に着いき、自分のお椀に白米 味噌汁、大根の煮物、たくわんを入れていく。
ここでも食事前に唱え言がある。みんな声を揃えて唱える。
やっと食事にありつける、そんな想いの丈に。
食事は、静かに、咀嚼し、食後は、お椀にお茶を注ぎ米粒一つ残らず、たくわんで拭き取る。
なんという作法だよ、全く。しかも食事ってこれだけ? やっぱもう、家に帰りたいよ。
お茶でぬぐったたくわんを咀嚼しながら鞠由は、あんなにお父さんに強気で言ってた自分に後悔していた。