『三都メリー物語』vol.22

 午後八時の南東の空に丸く大きな月は周りに雲ひとつなく、少し色付いて見えた。暗闇の一面かのように見える田んぼは水が張られ、車窓から明かりの漏れる電車がその田んぼに車体を写しながら進んでいく。
六月に入ったばかりだというのに、蒸し暑い。少しばかり五月蠅い蛙はたちはいつ寝るのだろうかとレイはふと思う。
仕事を終え、自宅のアパートの階段を上る時に見えた景色だ。途中、スーパーマーケットに寄って夕食の材料を買ったのでスーパーマーケットの白い袋を持ちながらレイは、鞄から鍵を取り出し扉の鍵を開けた。締め切った部屋は、鈍よりした空気が充満している。靴を脱ぎ、部屋に入ると足元に荷物を置き、窓を開けて網戸にして遮光カーテンで閉めた。部屋の明かりは、間接照明だけにして音楽をかけて食事を作った。テレビはつけずに雑誌を見ながら夕食をとり少し落ち着くとレイは、松田くん元気にしてるのだろうかと、ふと思った。
二か月前、レイは携帯電話を雨のなか傘をさそうとしたとき片方の手から滑り落ちて、画面の硝子が割れて調子がどうも良くはなかった。それ以降連絡先が消えていることもあった。松田のLINEもそれだった。


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