『三都メリー物語』⑯

春の優しい太陽の日に心地よい風で道路脇に設置されているフラワーポットのビオラが優しく揺れている。朝の通勤でそんな光景を見るとレイは、今日も一日頑張ろうという気になる。
会社のデスクに着いたとき、稲垣がよくレイを見てニコッと微笑むが、近頃はそんなこともない。レイはそんな稲垣にメールを送っていない。
稲垣さんは、亀山さんと同棲しているから私にメールの返事を、あの手紙が置かれる以前からしなくなっていたのか。
亀山さんは、花本さんに私が稲垣さんとメールしている事を話したのだろう、花本さんは夜のスナックで最近まで働いていたと花本さん自信が言っていた。そんなこともあって偏見かも知れないが女性のいざこざをよく目の当たりにして、ほっとけない性格なのかも知れないとレイは思った。

揺れる電車の窓から太陽の日が射し込んできた。進行方向を向いて右の窓から緩い傾斜にある住宅街の後方に緑の小高い山が見える。進行方向を向いて左の窓からはマンションや工場、そしてその向こうに青いキラキラした海が見える。
こういったところから神戸に来ているんだと実感する。レイと夫の藤岡准教授は休日のこの日、神戸に出掛けた。
駅の西口から出ると、高架の店が並んでいる。そこを過ぎ、信号を渡る。神戸に来たらレイは必ず渡る。おそらくほとんどの人がそうに違いない、赤で待っている時間、どこの辺りをこれから行こうか想像している人も多いだろう。
センター街は、右側を歩く人、左側を歩く人でごった返している。
センター街を抜けると道路を挟んでショップが続き、様式の古いモダンな外観が歴史を思わせるデパートが構えその建物から軒並みずらりとブランドのお洒落な外観のショップが並ぶ。
春の日差しが、レイたちの心は高揚する。
南に歩くと潮の優しい風が、二人の軽い服装に通り抜ける。
メリケンパークは、神戸の海が一望出来る。潮の南風と海の水面の青さ、小高い山の北からの春の匂いが交わり神戸の良さがここにあるとレイは思う。
カップルが岸に所々座っている。広場を歩き、二人は近くのカフェに立ち寄ることにした。
気候がいいので混んでいたが、窓側ではないがテーブル席が確保できた。藤岡准教授に座ってもらい、レイが注文を取りにいった。
混んでいたので列に並び暫く時間がかかった。
レイがようやく注文の品を乗せたトレイを両手に持って戻って来ると、藤岡准教授が暗い顔で肘をつき頭を抱えていた。
「どうしたの?」と、アイスコーヒーの入った飲み物を持ってストローを口にしながらレイが訊くと、
「離婚した妻がいるんだ」藤岡准教授は、そう言いながらも顔をあげようとしなかった。
「どこ?」とレイが訊くと、
「一番端の窓際のカップル」下を向きながら藤岡准教授は言う。
レイは、その方向を見ると持っていた飲み物を倒してしまった。
准教授が言う窓際の二人が、お互い笑い合った時の横顔。
それは、亀山さんと稲垣さんだった。
なんだか嫌な気分だった。声など掛ける気さえない。仕事ができて口もたつ、男性社員からも恐がられている。そして横の体格もいい。言っては悪いがどうしてそんな人が自分の好きな人とそうなるのだろうか。
知らなかったほうが、よかった。けれどいずれはわかる時が来るが、知らなかった方がよかった。
けれど、どうすることも出来ない。
亀山さんに対して嫉妬みたいなものがふつふつと湧いて来た。
店を出て、そのあとレイと藤岡准教授は何もしゃべらずデパートの上の階で食事すると、帰ることにした。
特急電車を待つ間も何もしゃべらず、電車が来てそんなに混んでいない車両の中、緑色の横のシートに二人は座り、レイは辺りを見渡すと暖かい車内に座って眠っている人もいる。
藤岡准教授は、亀山さんと過ごした日々がある。当然夜の営みも。離婚は、妻から言ってきたと藤岡准教授は、言っていた。そんな夫と自分はこれからも普通に日常を送ることが出来るのだろうか。

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