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【ショートストーリー】隣の芝生は青い

 
「これ、どうぞ」そう言って、洒落た小さな洋菓子の一つを金森さんは、南美に渡した。
「ありがとうございます」南美は、そのお菓子を受け取ると、
「息子が、東京の寮に引っ越すのでその手伝いに。その時のお土産です」四十歳半ばの長身で基調面でメガネを掛けた金森さんが少し照れながら言った。
「そうなんですね。東京で寮生活。偉いですね」
「いやー、まあ大変ですよ」そう言って金森さんは自分のデスクのほうへ戻って言った。

 翌週の昼休み、窓のからは暖かい春の日差しが眩しいほどだった。
「東京ですかー。息子さんが学生寮に入るんですね。息子さん、優秀なんですね。私の息子も実は、神奈川県の大学で学んで、今は埼玉に住んでます」金森さんと話しているのだろう、中年で華奢な女性のパートの塩尻さんが言った。
「そちらも息子さん優秀ですね」金森さんはそうやって話せることが嬉しいのが表情に出ていた。
 聞こうとして聞いた訳でもないのに南美の耳に自然と入ってくる声だった。
 ここはバス停もない。電車の駅も車で20分はかかるところだ。
 こんなところで生活していると青年たちは優秀になるのだろうか。
 それとも金森さんや塩尻さんたち自身が若い頃優秀だったから子供も優秀な子になったのだろうか。
 自分は決して子供の頃から優秀でもない。だからそんな息子さんが羨ましい。
 優秀な親だったら、自分も優秀だったのかな? 
 優秀? ちょっと待って。一緒にここで働いているよね。金森さん、塩尻さん、そして自分。
 隣の芝生は青いってことわざがあったよな。他人が自分をどう評価するかではなく、自分は自分。自分をもっと肯定しょう、南美はそう思った。
 仕事を終え、車で自宅へ向かう道に満開の桜が出迎えてくれた。美しさと気品と優雅さを備わる桜は何年も、多くの人を感動させてきたことだろう。
 自宅に帰って、南美は夜ベランダに出ると、暗闇の中に佇む立派な満開の桜が美しく白く浮かび上がって見える。これを「花明かり」ということをラジオで聞いたことがあると思った。
 夜になると急に気温が下がる。ひる間も曇りが続く。それなら桜の満開が少しでも長く続くといいな、と南美は思った。

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