『三都メリー物語』⑥
大学の図書館の窓から見える空は、12月とあってどんよりしている。川田レイは、3時限めが終わってから大学が明日から冬休みに入るので学生は少ない図書館でレポートを提出するためにまとめていた。
暖房の効いた天井の空調機から暖かい空気が、レイに眠気を誘う。レイの手からボールぺンが離れて机に転がって椅子から何処かへと落ちていった。
レイの斜め後ろの席の学生の足下にあることに、その学生が気付いて、ボールペンを拾ってレイに渡した。茶色に染めた髪は肩にかかり、ほっそりとした体型で大きな目に印象がある。「落としましたよ」と言った言葉に方言のなまりがある女性。
「ありがとう。何年生?」レイがそう言うと、
「3年生」とその学生は答えた。
「もしかして沢田教授のレポート提出のをやってる?」レイが訊くと、
「そう、それ」と、白い歯を見せて女性は笑った。
「名前は、佐野美緒」と言った。レイも自分の名前を言った。レポートで訊きたいことがあったので色々話しをした。
そのうち一緒に帰ろうとレイから言った。
大学に入学して学生生活が始まると友達ができる ものだと思っていた。けれど部活や同好会やサークルに所属しなかったし、授業も講義に出て席に座るだけで友達などできることはなかった。
佐野美緒は、どうなのだろう。たまたま一人で図書館にいたが、いつもは友達と一緒なのだろうか。
冬休みをひかえた大学の校舎は、学生が少なく、冬の寒さが入り交じり、ひっそりとしていて寂しささえ思える。校門を出ると日が落ちた藍色の空には黄色い三日月が見えた。道路の歩道の少し下り坂を歩くと繁華街に出てきた。色とりどりのネオンが灯り、夜の明るいところに虫たちが集まるように、人も夜のネオンに誘われるように店や路上を行き交う。
レイが、
「カフェに寄らない?」美緒にそう言うと、
「行こう」と、ニコリと白い歯を見せて美緒が言った。
白と青のモノトーンのカフェの2階に上がった。窓から道路をはさんで街が見える。店内は女性ばかりで埋まっていた。窓側の席が空いていたので2人は座った。美緒が、首に巻いていたマフラーをとって椅子を引いてかがんだ時、首もとから何か見えた。
「えっ、タトゥー?」
「そうよ。あと、ここも」と言って、お腹と足首も見せてくれた。
若い女性の店員がメニューを持って来た。美緒がメニューを見ている手の甲に肌色の湿布が貼っていたので、店員がいなくなってから、
「その手、どうしたの?」とレイが訊くと、
「ここにもタトゥー入れちゃったから」と言いながら湿布を剥がして見せた。
「私ね、ライブ行くのが好きで、特にこの人、大好き!」と定期入れに入れてある美緒とツーショットのポラロイド写真を見せてくれた。サインも書かれている。その男性は、顔から腕のところからところ狭しとタトゥーが入れてあった。レイにとって別世界のように思えた。
カフェの店員が、二人の注文したものを運んできた。店員がいなくなると、
「一度、入れると、次も。また、次もと入れたくなるの」と、美緒が言う。その気持ちが全くわからないとレイは思う。
「ねえ、うちの大学の教授や准教授のなかで誰がいい?」レアチーズケーキを一口口に入れて言った。
「私ね、藤岡准教授が好き。落ち着きがあって、知性があって、余談も面白いしね。あの天然パーマのパサパサをなんとかしてあげたくなるー」天を仰ぐように白い歯を見せてレイが言う。
「そうかな」ポーカーフェイスでレイが言う。
「川田さんは、全然思わないんだ」
「私ね、友達全然居ないの。なかなか人と関わるのが不得意なの」
「私も」と、レイが温かいコーヒーをひと口飲んで言った。
やっと友達が出来るかも、そう思ったのに藤岡准教授が好きだとは…
美緒とは友達になれるのかな、今まで経験したことのない心の燻りをレイは
実感した。