『三都メリー物語』⑭
日曜日の朝、レイが目を覚ますと、既に藤岡准教授は起きていた。朝食を作っているのだろう、食器の合わさる音やフライパンで何かを炒めている音がする。
窓からレースのカーテンに明るい日差しがあたっている。
しかし、ロッカーに稲垣さんが迷惑しているといった手紙を置いたのは、いったい誰なんだろう。その日は何もなかったようにレイは振る舞った。けれど手紙を置いた人が実際いるのだ。仕事をしていても誰かと話をしていても、手紙を置いた人はこの人なのだろうかと疑ってしまう。
現に内容に出てきた稲垣さんに、
「貴方ですか? 私のロッカーに手紙を置いたのは」と土曜の朝にしてしまった。
すると、
「なんで、僕が川田さんのロッカーに手紙を置くんだよ。何かあればメールで済むことじゃないか。こんなことだから、もうメールはして来ないで欲しい」とメールの返事が来た。
手紙を置いた人の思いのままに、まんまとはめられた訳だとレイは悔やんだ。
何もなかったかのように、洗濯物と洗剤を洗濯機に入れてスイッチを押して、歯を磨き顔を洗って
テーブルの椅子に座りながら藤岡准教授に、おはようと言った。藤岡准教授は、
「おはよう。先に朝食をいただいたよ。ごめん」と言った。
朝食を済ませたレイに、藤岡准教授が映画を観に行こうと言った。二人で最近行ってなかったのと観たい映画があったので一緒に行くことにした。
天気がいいのと話題の映画の上映時間間近とあって、映画館は時間を待つ人やポップコーンや飲み物を買う人で賑わっていた。
そして時間が来て館内に入る。予告の映画を観ているだけでレイは、ワクワクする。そして、上映が始まった。途中、藤岡准教授がレイの手を繋いだ。
温かくて優しい手だとレイは思う。もう、稲垣さんにはメールはしない、レイは心にそう決めた。
次の日、やはりどうしてもあの手紙が気になるので、会社のことを知り尽くしているレイより二十歳も年上の長田さんに、昼の休憩時間に相談した。手紙の内容は、言わなかったが勝手にロッカーを開けて手紙を置く事事態、気持ち悪い。
「そんなことがあったのね」と、少し驚きの顔を見せた。この人では無さそうだとレイは思いながら
「そうなんですよ」と言った。
午後の休憩でたまたま森本ユマが横にいたので、レイは手紙の事をしゃべった。
真面目な顔で、上司に相談したらとユマが言った。
本当はユマが、婚約者がいながら井上さんと付き合っていた事をレイが稲垣さんに報告した事に腹が立ってレイのロッカーに手紙を置いたのでは、とレイは思っている。でもそれが本当かどうか分からない。本人がしゃべらない限りは。
長田さんに相談したということは、長田さんと密会しているレイの上司の耳にも入ることは、間違いない。
レイの手紙の件は、レイのデスクのフロアーのほとんどの人に知れ渡っていた。
そうなると、誰がその手紙を置いたか、レイもそうだが周りの人までが気になり始めた。
コピーをして、三時の会議に間に合うようにしなければと急いでいるが、なかなか終わらない。
「ああ、もういいよ川田さん、亀山さん。ここ頼むわ」と、上司の島田が言う。
「えーっ、私が?」と、面倒そうに男性から恐れられている亀山が言う。
「すみません」とレイが言うと、
「ちょっと、速くそこ退いて」と嫌な顔をして言った。
その姿を見て、この人も手紙の件を知っているんだろうなとレイは思った。