ヨルシカの3rd Full Album「盗作」で描かれる破滅の美しさ
2020年7月29日にリリースされたヨルシカの3rd Full Album「盗作」。
ヨルシカのアルバムは物語性が強く、前作の1st Full Album「だから僕は音楽を辞めた」2nd Full Album「エルマ」では、二つのアルバムによってエイミーという青年、エルマという女性の物語が描かれていた。
楽曲だけでも楽しめるようになっているが、初回生産限定盤に付く特典がとても豪華であるのもヨルシカを語る上では外せない。「だから僕は音楽を辞めた」はエイミーからエルマへ向けた10片もの手紙、「エルマ」はエルマが書いた日記帳仕様――特典を通して、更に深い物語への没入ができるようになっている。
「盗作」も例外なく初回生産限定盤は豪華仕様である。
上の写真のように、かなり分厚い書籍仕様となっており、短編小説は130ページに及ぶ。更に小説「盗作」の登場人物である少年の弾いた「月光ソナタ」のカセットテープまで付属している。
以下、盗作の内容に触れています。ネタバレにご注意ください。
「盗作」のテーマを探る
筆者はタワーレコードオンラインショップでフラゲ保証が付いているうちにアルバムを予約していたので、発売日より一日早く「盗作」を手にすることができた。ヨルシカなら、小説を読まずに音楽だけでも素晴らしい作品だろうと期待を込めて、まず音楽を聴いた。
楽曲だけでは世界観がわからないところもあるが、主人公の心情描写が生々しいと感じたのを覚えている。楽曲は全14曲、そのうち4曲はインストゥルメンタル。
「音楽泥棒の自白」から曲は始まる。最初から世界観に引き込まれる。「昼鳶」「春ひさぎ」「爆弾魔」と薄暗い印象の題が続く。
春をひさぐ、は売春の隠語である。それは、ここでは「商売としての音楽」のメタファーとして機能する。
「春ひさぎ」OFFICIAL VIDEOの概要欄にはこう書いてあった。今作のアルバムが「犯罪」をテーマにしたものであることは間違いないだろうと思った。
「レプリカント」の爽やかさと歌詞にある棘
個人的に気に入ったのは「レプリカント」という曲だった。題はフィリップ・K・ディックの小説からの引用らしい。
曲の雰囲気は爽やかで疾走感があり、風が吹き抜けて青空が晴れ渡るような――そんな印象を受けた。
しかし歌詞に注目して語ると、暴力的なまでに人を突き刺すような曲に思えてくる。
人を呪う歌が描きたい それで誰かを殺せればいいぜ
歌詞だけを見ると、胸が苦しくなるような棘を持っているように感じる。でも、曲調の爽やかさで聴きやすい。この爽やかさと棘の割合が、ミルクを足してまろやかになったコーヒーのように飲み込みやすくなっている。中毒性が高い。
アルバムの雰囲気をがらりと変える「逃亡」
「レプリカント」は6曲目でアルバムの中間地点だが、もう一つ語っておきたいのが11曲目の「逃亡」である。
アルバムの並び順だと、この前には「盗作」、その次に「思想犯」が続く。この二つはOFFICIAL VIDEOが出ているので、この記事を読んでいてまだ見ていない方は、ご覧になるといいだろう。
「盗作」「思想犯」はこれまた棘のある曲だが、「逃亡」はまた雰囲気が違う。どちらかというと落ち着いた雰囲気で、思い出の中に浸るような曲にも聴こえる。それがアルバムの雰囲気をがらりと変える。
温い夜、誘蛾灯の日暮、鼻歌、軒先の風鈴、坂道を下りた向こう側、祭り屋台の憧憬
歌詞も思い出の中にいるようなものになっている。サビでは「逃げて行こうぜ」と語りかける。筆者はこの曲を、思い出の中への逃避のように感じた。この後の曲は、インストゥルメンタルを挟んで「夜行」「花に亡霊」と、「棘の少ない」曲が続く。思い出の中に逃亡したのだろうかと、そう思った。
短編小説「盗作」で更に深まる物語への没入
この小説をざっくりと説明するなら、盗作家の破滅を描いた作品だ。妻を失った男は、何も残さずに死ぬかもしれない、創作をしている振りをしている自分に表現できるものについて考える。そして「盗作家の破滅を描いた、俺という作品」を作ろうと思う。自ら破滅に向かって歩む。彼は「何もかも失った後に見える夜」を目指す。その物語が少年との交流と独白インタビューによって描かれている。
先だった妻との美しい思い出、盗作家の男の満たされない心、破滅へと向かう話であるのに、「どこかありそう」なリアリティがある。心情描写が繊細でとても美しい作品なので、未読の方はぜひ一度読んでみてほしい。
「盗作」特設サイトのオフィシャルインタビュー<前編>では、「小説を音楽にした。もしくは楽曲をノベライズしたということではなく、主人公の男の人生やその物語を、楽曲と小説がそれぞれの角度で切り取っている」と書かれている。男が音楽を実際に盗んでいるところや、アルバムの楽曲を書いているところを直接的に描写すると、楽曲に余白がなくなってしまうとコンポーザ―のn-bunaさんは語る。余白があるからこそ音楽も小説もどちらも「おまけ」にならず、作品として大切にされているように感じた。
最後に
いや、問い掛けという意志は全くないですね。(中略)今回も自分が美しいと思う表現をした。たとえ人が眉をひそめるようなテーマであっても、こういうメロディに乗せて作品にすれば美しく描けるんじゃないかと思った。そんな音楽を作ってみたかった。それに尽きますね。
インタビューの最後にn-bunaさんはこんな言葉を残している。音楽のタブーである「盗作」を美しい作品にしてしまうヨルシカ。そこに問い掛けの意図はなくとも彼らの思想の渦に飲み込まれた誰かに、凄まじい影響を及ぼしてしまうアーティストであると感じた。
一人のファンとして、このアルバムが多くの人の手に渡ることを願っている。
上記のURLからヨルシカ「盗作」特設サイト・各種サブスクリプションに飛ぶことができます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?