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【短編小説】へんなともだち ~喫茶店のよっしーさん〜

「15時、輝心館のカフェで待つ。」

昨日、そんなLINEのメッセージを残したよっしーさんに会いに、私は4限目の授業終わりに、輝心館のカフェへと向かった。

輝心館は、私とよっしーさんが通う大学のキャンパス内にあるカフェだ。
中間試験の時期に位置している今日は、いつにもましてカフェ内が混雑している。あちらこちらで、席が空くのを待っている学生や、2人席に他から空いている椅子を持ってきて座っている学生のグループがあったりと、混雑しているがゆえに、まるでテーマパークのような賑やかさがあった。

そんな待ち合わせ相手を見つけることに苦労しそうな人混みの中で、私はいとも簡単によっしーさんを見つけた。

彼は、席を待っている数々の学生たちを少しも気にせずに
4人掛けの大きなテーブル席を独り占めして
その正方形の大きなテーブルの上いっぱいに日本経済新聞を広げて
周りの喧騒から1人外れて、堂々とその新聞を読んでいた。

その堂々たるオーラといったら、、、。
恥ずかしくて私はその席に行くことを一瞬ためらった。
がしかし、一応先輩との待ち合わせ時間に遅れるわけにはいかない。

「この先輩の後輩です。」と周りに示す勇気を振り絞って、私はよっしーさんに声をかけた。

「お疲れ様です。」

「おぅ。お疲れ様。」

「あの、席を取ってくださるのはうれしいんですけど、、、。こんなに周りが混雑している中で、わざわざ4人掛けの席に座らなくても、、、。」

「このテーブルは新聞が読みやすいんだよ。」

「そうなんですね。」

反論するのもなんだかめんどくさくなって、別に誰にどうみられようといいやと考えるのもめんどくさくなって、とりあえず、私はよっしーさんの向かい側に座った。

「新聞読んでて、何か有益となる記事はありましたか?」

とりあえず、買ってきたテイクアウトのアイスコーヒーを飲みながら、半ば義務のように私はよっしーさんに尋ねる。

「そうだな。今日は面白い記事があったよ。僕は卒業論文で、途上国の企業支援について研究をしているんだけど、それにまつわる記事でね、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。」

そう言って長いことよっしーさんは、その記事の話をした。
適当に相槌を打ちながら、適当にコーヒーを飲みながら、私はその話を聞くふりをした。

「そうだったんですね。それはいい発見でしたね。」

「うん、また卒論がはかどりそうだし、就職活動にも生かせそうだ。」

よっしーさんは新聞や本など、新しく頭の中にインプットした知識を、忘れないように誰かにこうやって自分の言葉でアウトプットすることによって、その知識を確かに自分のものにするという習性がある。
そのせいもあってか、彼は頭がいいし、博識があるとよく言われている。
けれどそれはこうして、背景に、喫茶店での数々の後輩との長い共有の時間があり、その犠牲のもとに成り立っているということを忘れてはいけない。

「よかったです。」

よっしーさんが話し終えたところで、私は、もうストローで吸う水も氷もなくなったアイスコーヒーをテーブルの上に置いた。

「最近どうだ?」

自分の話に満足したのか、よっしーさんはいつもと同じように私に話を振ってくる。

「最近どうって、先週もよっしーさんと喫茶店で話したばっかりですし、そんな1週間で話す面白いネタがたまるような芸人みたいな人生送ってないです。」

「そうか。」

「じゃあ、何か面白い情報はあるか?」

そう言ってよっしーさんは、テーブルに頬杖をついて前のめりになった。
結局、彼の目的は、いつだってこれなのだ。
よっしーさんは私たちが所属しているサークルいち「口の軽い」人間としてみんなから認識されている。

そうやって認識されているにも関わらず、彼はサークルいち「情報通」だったりもする。サークル内の誰と誰が付き合っているとかの恋愛スクープだったり、誰がどの企業を内定を取ったなどの就活スクープだったり、誰と誰が中がよかったり、逆に悪かったりという人間関係スクープだったり、、、。

彼のサークル内におけるスクープへのいわば執着には感心する。
どんなに「口の軽い」彼には秘密を打ち明けないとサークルに所属している誰もがそう誓っていても、どこからともなくその誰かの秘密をキャッチして、コピーして、誰かに話している。

その執着の粘着力の強さといったら、いとも簡単に無意識のうちに張り付いている瞬間接着剤の威力に負けじと劣らないと私は思っている。

私も何度も痛い目にあった。
だから気を付けなければならない。
親身に相談に乗っていると見せかけて、彼は常にスクープを狙っているのだ。

「そういえば、同じ1回生のみのりちゃんが、、、、。」

私は十分注意した上で、極めて機密性の低い情報を彼に教えた。

「それははじめて聞いた。いい情報をありがとう。」

「いえ。」

「ではそろそろ、僕はまた17時半から合同説明会があるので失礼。」

そう言ってよっしーさんは、日経新聞を大切そうにカバンに閉まって
輝心館を後にした。

本日の会合が無事に終わった。

そんなよっしーさんとの会合は、私がよっしーさんと出会った大学1回生から2回生になるまで定期的に続いた。
ここ、輝心館のカフェで、よっしーさんお気に入りのいくつかのレトロ喫茶店のカフェで。

*******

そんなよっしーさんとの喫茶店時間は、よっしーさんが私たちより先に無事、志望していた企業への内定を取り、卒業したと同時に、なくなっていた。

寂しくなった気はしていたけれど、会えなくなったら会えなくなったで、別に私たちの楽しい学生生活は変わらない。

そう思っていた矢先、私もあっという間に3回生になり、悲しいことに就職活動の時期が訪れようとしていた。

「13時、JR沼津駅にて待つ。」

私は、OBOG訪問という名のもとに、よっしーさんの住む、静岡県沼津市を
よっしーさんの博識の犠牲者であるまりとともに訪れた。

「おー久しぶり。二人とも元気だったかい?」

「元気にしてました。よっしーさんは少し太りました?」

「それは余計な一言だな。さぁ少し観光でもしようか。」

そう言ってよっしーさんとまりと一緒に、沼津市を観光した。
深海魚水族館へ行って、シーラカンスを見て、回らない贅沢なお寿司を食べて、おしゃれなクラフトビールを、ナッツをかじりながら昼間から飲んだ。

そして、最終的に喫茶店に行きついた。

「観光はどうだった?」

「楽しかったです。本来OBOG訪問が目的だったのに普通に楽しんじゃいました。」

「そうか。じゃあ本来の目的の就職活動の話でもするか。」

「うーん、だるいですね。本当に就活。よっしーさんよくやってましたね。」

「そうだね。エントリーシートやら、企業研究やら、やってたな懐かしい。」

「よっしーさん、就活しんどくなかったですか?」

「うむ、しんどいと言われればしんどかったけど、みんな周りも一緒にやってたから特にそこまでつらさはなかったかな。」

「ふーん。」

「うむ。でも僕の場合は、まずはじめに、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。」

そう言って長いことよっしーさんは、自分の就職活動の話を懐かしみながらしていた。さすがに今回は同じ就職活動を迎える立場の人間として、少しは有益になりそうな情報があるのかと思って頑張って聞いていたけれど、途中からそうでもないことに気がついて、まりも私も飲み終えたコーヒーカップやコースターを手でいじいじしながら、よっしーさんの話を真剣に聞いているふりをした。

「そうなんですね。よっしーさん結構しっかりと就活してたんですね。」

「そうだよ。僕それなりに頑張ってたんだから。」

「とても参考になりました。ありがとうございます。」

とりあえず、さすがに聞いたふりをしないと怒られそうな気がしたので、それらしく感謝の意を述べた。

「それはそうと、最近何か情報はないか?」

こいつ。卒業した後も粘着質に情報収集してやがる。そうやって心の中では馬鹿にしつつも、なんだかんだ、よっしーさんに話す用にこしらえていた最近のサークル内での面白い話を披露した。

「それは面白い話だね。ははは。」

そうやって、サークルの話をしはじめると、昔話に花が咲いて
私たちは、さまざまな面白い昔話を堀りおこしては、随分と長い間笑い合った。

「あぁ、懐かしかった。久しぶりに学生時代に戻った気分になったよ。」

「私も楽しかったです。なんだかよっしーさんがまだ同じ大学に通ってるみたい。」

「たしかに。てか、社会人になってもよっしーさんてなんも変わらないんですね。」

「それは喜んでいいことなのかな?」

「さぁ。どうでしょう?」

そう言って私たちは解散した。
果たしてそのよっしーさんとの時間が、きたる私たちの就職活動に有益になったどうかは定かではなかったけれど、社会人になって約1年が経過したはずのよっしーさんが、何も変わらずにそのままで居てくれたということだけで、それだけがなんだか、これから訪れる就職活動よりもとても重要な気がして、そこまで真剣に思い悩まなくても就職ができるような気がして、その時間がとてつもなく有意義なものとして私たち2人に消化された。

********

それ以来、私はよっしーさんに会っていない。

その後、苦労して就職活動をして
苦労して社会人になったのに
社会人になった方がもっと苦労する人生を私は送った。

学生の頃、あんなによっしーさんやまりたちと腹を抱えて
笑い合っていたのに
そういえばどうやって笑っていたのかすら忘れてしまうくらいに
毎日がつらかった。苦しかった。

だから、あれ以来、1年か2年置きくらいにかかってくるよっしーさんの電話に出るたびに、自分がどんどん面白くなくなっているような気がして嫌になった。

それでも

「最近元気にやっとりますか?」

数年おきに懲りずに連絡をしてくるよっしーさんのLINEと電話が、なぜかふと待ち遠しくなるときがある。

こんな風に、何年と会っていなくても、毎日という頻度ではなかったとしても、ふとした瞬間に自分のことを思い出して連絡をくれる存在がいるということは、自分が思っているよりもはるかに、幸せな人生を送っているということなのではないかと思ったりもする。


「かわええやろ。」

ちょうど2年前は急に、最近生まれたというよっしーさんの子どもの写真が急に送られてきて、その笑顔がよっしーさんにそっくりすぎたので、思わずニヤけてしまった。

私はよっしーさんと違ってまだ結婚もしていなければ、子育てもしていない。よっしーさんと私の進む人生の方向性は驚くほどに違っていて、同じ話題で共感できることはめっぽう減ってしまった。

「最近どうだ?」


それでもあの時と変わらずに、結局、たいしてお互いの話はどうせ聞いていないのだからと、ともに少しばかりの会話の時間を共有することを持ってして、意外と自分自身の存在価値を確認していたりするときもあったりするのかもしれない。


「そういえば最近、なっちゃんが、、、、、、、、、、、。」


結局会話するとは言っても、30分程度だったりもするし、タイミングが悪くてLINEのメッセージだけで会話することもある。
別に次の会話の時間を予約するわけでもないし、いつまたよっしーさんから連絡が来るのかどうかは定かではない。それでも、、、


「最近何か、面白い情報はあるか?」


そんな問いをいつだって投げかけられても答えることができるように、ふとした瞬間に自分の日常生活の中でネタを収集している自分がいたりして驚くときがある。「売れない芸人かよっ。」とツッコミながらも、そんなときにこぼれる笑みが一番自然体だったりもしている。

だから私はきっとこれからも、今度いつくるかはわからないよっしーさんからの連絡を、きっと、ずっとずっと待ち続けているのだと思う。


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