サンタクロースのひみつ
ぼくの名前は、ゆいと。
唯一の人って書く。
パパとママは、ぼくが“唯一”の宝ものだからそう名付けたんだって。
「唯一ってなぁに?」
そう聞いたらママはちょっと困った顔をして。しばらく考えて、こんなふうに教えてくれた。
「世界中にたった一つしかない、どんな凄いものにも敵わない、大切なもののことよ」
「どんな凄いものよりも?」
「そうよ」
「ウルトラマンよりも?」
「もちろん」
「じゃあ、仮面ライダーよりも?」
「そう、仮面ライダーよりも」
ふふふ、と笑って、ママはぼくを抱っこしてくれた。
ぼくはちょっとくすぐったくて、何だかとっても誇らしい気持ちになった。
昨日、ママと一緒にクリスマスツリーを出した。ぼくは、ぴかぴか光るまぁるい玉をツリーの枝にひっかけるお仕事をした。てっぺんに星をつけるお仕事も。
ぼくは、来年から『小学校』というところにいく。そこでは、自分のことはみんな自分でするんだって。その練習をしなくちゃね、とママは言った。
ママは毎日、ぼくにいろんな『お仕事』を頼むようになった。
テーブル拭きとか。雑巾がけとか。お洗濯したきれいな服をたたむのとか。
お仕事が終わると、ママはにっこり笑って「ありがとう、お疲れさま」と言ってくれる。そして、ぼくの大好きなココアを作ってくれる。やけどしないように、ちょっとぬるくしたココアをお気に入りのクマちゃんのマグカップに入れてくれる。
とぽとぽとぽ。
ママがココアを入れてくれる音が、ぼくは大好きだ。
「ねぇ、ママ?サンタさん、ちゃんと来てくれるよね?」
歯磨きをしたくなくてイヤイヤをして、さっきぼくはママに叱られた。サンタさんは『良い子』のところにしか来てくれないのに。
来てくれなかったら、どうしよう。
「ちゃんと来てくれるわよ」
そう言って、ママはぼくの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「でも、ぼく…さっき悪い子だったから。サンタさん、ぼくのこと嫌いになっちゃったかもしれない」
ぼくは泣きそうになった。
クリスマスイブの朝、枕元にプレゼントがなかったら…。そう思ったら、胸がギュッとなった。
ママはそんなぼくを優しく抱きしめて、唄うようにお話してくれた。
「ゆいと。良い子っていうのはね、ママやパパの言うことを何でも聞いて、おりこうさんにしている子のことを言うんじゃないのよ」
「じゃあ、どういうのが良い子なの?」
「みんな、良い子なの」
「みんな?」
「そうよ。そこにいてくれるだけで。笑ったり、怒ったり、泣いたり。そうやって色んな顔を見せてくれるだけで。みんな、みんな、良い子なの」
ぼくには、ちょっとよく分からなかった。でも、なんだかとてもあったかい気持ちになった。
「それにね…」
ママは、ぼくのほっぺを優しくつまみながら言った。
「サンタさんは、絶対にあなたを嫌いになったりなんかしないわ」
待ちに待ったクリスマスイブの朝がやってきた。幼稚園から帰ってくると、おうちの中は甘い良いにおいがした。
ママが台所でパタパタ走り回っている。クリスマスはとっても楽しいけれど、ママはとっても大変そう。何でかな?
「ママ、お仕事しようか?」
そう聞いたら、ママは笑ってこう言った。
「ありがとう。じゃあ、ママにクリスマスのお歌を唄ってくれる?」
「お歌?」
「そう。ママちょっと疲れちゃったから、ゆいとのお歌を聞いて元気になりたいの」
「いいよ!」
ママに元気をあげられるなんて、本当にヒーローみたいだ!
ぼくは、張り切っていっぱい歌を唄った。トナカイさんのとか。ジングルベルとか。きよしこのよる、とか。
ママはにこにこそれを聞きながら、一緒に鼻歌を唄ってくれた。
ぼくはママの鼻歌が大好き。だって、鼻歌が聞こえてくる時のママは、いっつも笑顔だから。
夜、まっ暗になってからパパが帰ってきた。
パパは、「メリークリスマス!」と言ってぼくを高く抱き上げた。
みんなでママが作ってくれたごちそうを食べた。おっきな骨のついたお肉を、パパが切ってくれた。
「大きくなったら、ゆいとがこれをするんだぞ」
パパに言われて、ぼくは嬉しくなった。お肉を切り分けるパパは、何だかカッコイイと思っていたから。
ママが作ってくれたケーキには、ぼくが大好きなイチゴがいっぱいのっかっていた。
「うわぁ!!」
ぼくは、嬉しくて楽しくて。いっぱい笑って、いっぱい食べた。
ぽんぽんにふくらんだお腹でお布団に入ったぼくに、ママは絵本を読んでくれた。そろそろ寝ましょうね…と電気を切ったママに、ぼくはもう一度だけ聞いてみた。
「ママ、サンタさんくるよね?」
「ええ、必ずくるわよ」
ぼくは、安心して目をつむった。
眠ろうと思ったのにお腹が苦しくて、ぼくはなかなか眠れなかった。そこでぼくは、良いことを思いついた。
サンタさんがくるまで、起きていよう!
寝ている子のところにしか、サンタさんは来てくれない。眠ったふりをしてサンタさんのお顔を見て、明日幼稚園で自慢するんだ!
ぼくは、お腹をさすりながら目をつむるふりをした。じっと動かずに枕に頭をおしつけて、息も寝ているみたいに、すぅ、すぅってゆっくりしてみた。
いっぱい、いっぱい、待って。
ついに、ガサリ、と音がした。
きた。
サンタさんだ!
「サンタさん!」
飛び起きたぼくの目の前に、プレゼントを抱えたパパが立っていた。パパは口をぱくぱくさせて、びっくりした顔でぼくを見下ろしていた。
「パパ…?」
なんで?なんでパパがいるの?
「サンタさんは?」
「あ…ゆいと、これはな…」
「サンタさんは…パパだったの?」
心の中でいっぱいにふくらませていた風船が、パチンと音を立ててわれてしまった。それは、とっても悲しい音だった。
わぁ~ん。わぁ~ん。
いっぱい、いっぱい泣いて。鼻水が出てきたけど、それでもまだまだ泣いて。
「パパの嘘つき!ママの嘘つき!」
そう言って、また泣いた。
わぁ~ん。わぁ~ん。
とっても、とっても、悲しかった。
パパが抱えていたプレゼントは、ずっと欲しかった変身ベルトだったのに。
それでもぼくは、サンタさんが本当はいなかったことの方が、ずっとずっと悲しかった。
ようやく泣き声が小さくなってきたぼくのそばに、ママがちょこんと座った。
「ゆいと」
やさしい呼び声に思わず抱きつきたくなったけど、ぐっとそれをガマンした。
ママの嘘つき。許してやるもんか。
「ゆいと。パパとママはね、ゆいとのサンタさんになりたかったの。どうしても、なりたかったの」
ぼくは、思わず顔を上げた。
「ぼくの、サンタさん?」
うん、と頷いて。ママはいつものように、唄うように話しはじめた。
「クリスマスにはね、素敵なことがたくさん起こるの。うれしいこと、楽しいこと、幸せなこと。サンタさんからのプレゼントも、その一つなの。ゆいとが笑う顔が見たくて、パパとママは、ゆいとのサンタさんになろうって決めたの。ゆいとを悲しませたり、だまして笑ったりするためにしていたんじゃないの。ゆいとに、クリスマスって素敵だな…って思って欲しかったの」
最後に、ママは小さな小さな声で、ごめんね、って言った。
パパも、ごめんな…って言った。パパの声も、とっても小さかった。
ぼくは、ママの言ったことをいっぱい考えた。考えて、考えて、考えた。頭がくらくらしてきたけど、それでも考えた。
その間、パパとママはじっと待っていてくれた。
無理に抱っこしようとしたりだとか。あれこれ言って機嫌を取ろうだとか。そういうのは何もしないで、ただじっと待っていてくれた。
そしてとうとう、ぼくは見つけたんだ。
『サンタクロースのひみつ』を。
「分かった!」
ぼくの大声に、パパとママは目をまぁるくした。
「分かったよ、ママ!パパ!ぼく、かんちがいしてた」
「ゆいと?」
「あのね、ぼくね、サンタクロースって、人の名前だと思っていたの。そういう名前の、赤い服を着て白いヒゲを生やしたおじいさんがいるんだって、その人がみんなにプレゼントをくれるんだって、そう思ってたの」
うんうんと頷きながら、ママとパパは黙って聞いてくれた。
「けど、そうじゃなかったんだね。サンタクロースって、人の名前じゃなかったんだ。サンタクロースは…サンタさんは…パパとママが、ぼくを大好き!って思ってくれてるココロの中にいる妖精さんのことだったんだね!」
ママのまぁるい目が、ろうそくの炎みたいにゆらゆら揺れた。
「みんな、大好きな人のサンタさんになれるんだね。凄いや!ねぇ、ぼくもサンタさんになれるかな?ぼくの心にも、サンタクロースの妖精さんが住んでくれるかな?」
そう聞いたら、ママの目からぽたぽたと涙がこぼれた。
ぼくはびっくりして、「どうしたの?どこか痛いの?」とママの頭を撫でた。
ママは、ぼくをギュッとして。苦しいくらいに、ギュッとして。
「嬉しくてとっても幸せな時にも、涙は出るのよ」
そう言って、鼻をすすった。
「ゆいとは、誰のサンタさんになりたいの?」
そう聞いたママに、ぼくは張り切って答えた。
「パパとママ!」
それを聞いたパパはぼくの頭をグシャグシャと撫でて、ぷいっと台所に行って換気扇を回した。タバコを吸う時、パパはいつもそうする。
「パパ、どうしたの?」
ママは、泣き笑いの変な顔でこう言った。
「パパがタバコを吸う時はね、とっても嫌なことがあった時か、とっても嬉しいことがあった時なのよ」
「ふぅん。変なの」
ぼくが言うとママも、
「うん。変だよね」
そう言って笑った。
6歳のクリスマス。ぼくは、サンタクロースのひみつを知った。
とっても悲しくて、とっても嬉しいひみつ。
このひみつは、ママと、パパと、ぼくだけのもの。
fin.
◇◇◇
この作品を、おまゆさんが朗読してくれました。
おまゆさんの優しい声が、物語の世界へそっと運んでくれます。
まゆちゃん、素敵なクリスマスプレゼントをありがとう。お互いがお互いのサンタさんになれたこの冬を、私は忘れません。
メリークリスマス。
素敵な聖夜になりますように。