押し入れの中の不意打ち
今月も、Webライターラボの以下の企画に参加します!
8月のコラムのテーマは「わたしの恐怖体験」。
暑い日にぴったりの、背筋が凍るような恐怖体験(?)をお届けします。
では、さっそく本編をどうぞ!
***
あれは、私が一人暮らしを始めて間もない、21歳のときのことだった。
何もかもが新鮮で、自分だけの空間に心が弾む日々。しかし、その幸せな日常は、ある出来事によって一変する。
当時住んでいたマンションは、6畳1K、家賃35,000円という破格の物件だった。
隣人のくしゃみやシャワーの音が聞こえるほど薄い壁。天井からポタポタと雨水が漏れたり、強風が吹けば建物全体が揺れたりすることもあった。
だが、その不安定ささえ、一人暮らし満喫中の私は気に留めていなかった。
そう、あの日までは――。
***
ある日、リビングスペースを掃除するため、掃除道具を取り出そうと、押入れを開けた。薄暗く狭い空間。そこには季節外れの家電や、思い出の品々が乱雑に詰め込まれている。
ふと、視界の隅に、ある異物が映り込んだ。
心臓が一瞬、凍りついたかのように鼓動を止める。まるで幻覚でも見ているかのようだった。
薄く透明でパリパリとした四角い膜の中に、白く細長い無数の物体が浮かんでいる。その姿は、生気を失った亡霊のようだ。
それが何なのかを認識するまで、実際には10秒もかかっていなかったと思う。しかし、私にとっては永遠のように長く感じられた。
現実を受け入れられず、何度も瞬きをする。けれども、その姿は消えることなく私を見つめ返した。
押し入れという空間に決してあるはずのない物体。給料日前の救世主で、ごま油と鶏がらスープのもとで和えると美味しいやつ…。
そう、それは最寄りのスーパーで購入した「もやし」だった。
声にならない声が喉の奥をかすめ、背筋に冷たいものが走る。
なぜ、こんな場所にあるのか。犯人は私しかいないはずなのに記憶がまるでない。
必死に思い出そうとしても、目の前には押入れと「もやし」が存在しているだけだった。
やがて、無言のままそれを押入れの奥に封じ込めるように、いったん扉を閉じる。自分の行動が理解できず、恐怖と混乱が頭の中を渦巻いていた。
***
その後、その異物をどうしたのか、私の記憶はまるで霞がかったように曖昧だ。
ただ、あの日以来、自分の記憶と感覚に対して薄暗い不安を抱くようになったのは確かである。
Discord名:春野なほ
#Webライターラボ2408コラム企画
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