森のみち・木曽路 〜二輪で駆ける、世界有数の温帯針葉樹林〜 その②
さて、その①では、木曽路の概要、木曽とはそもそもどんな場所なのか、について簡単にご紹介しました。その②では、いよいよ木曽ヒノキの森の内部に実際に潜入してゆきたいと思います。
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さあ、木曽路に到着。早く木曽ヒノキの森に入りたくてうずうず。
一口に木曽と言っても、その範囲はかなり広い。木曽路の南北は70km以上。そしてその両サイドの深い深い山岳地帯に、目的のヒノキ天然林が点在しているのです。じっくりと森を見るなら、1日で回り切るのはほぼ不可能。そこで、3日間かけて木曽の山をぐるぐる回り、一つ一つの森を丁寧に訪ねていくことにしました。
ちなみに、僕が訪ねた森は、「赤沢自然休養林(長野県上松町)」、「油木(ゆぼく)美林(長野県木曽町)」、「水木沢天然林(長野県木祖村)の三箇所です(詳細なアクセス方法、遊歩道の情報を、その③の最後に載せておきますので、ご興味のある方はそちらもご覧ください〜)
実際に森に入って樹を観察すると、木曽の森の大きな特異性が2つ見えてきました。
木曽の森の特徴①圧倒的に針葉樹優占
原付で木曽路に突入したときに感じたように、木曽の森で覇権を握るのは、常緑針葉樹。実際に森に入ってみても、その印象は変わりませんでした。
上の写真(↑)は、赤沢自然休養林のヒノキ林。まっすぐ幹を伸ばしたヒノキの大木が林立しているのがわかると思います。見た感じ、高木層を支配しているのは専らヒノキ、サワラ、ネズコなどのヒノキ科針葉樹。広葉樹の姿はありません。この景色、やっぱりちょっと異様。
その①でもちらっと触れましたが、温帯に属する日本では、森の主役は広葉樹となることが殆どです。いまこの記事を読んでくださっている皆様が、一度パソコンから目を離して、窓の外にある雑木林・山を観察してみても、そこから見えるのは樹冠に丸みにのある広葉樹林でしょう。
針葉樹は、分布の観点から
①亜寒帯に分布する北方系針葉樹(アカエゾマツ、トドマツ、オオシラビソ、カラマツなど)
②温帯に分布する温帯針葉樹(ヒノキ、スギ、ツガ、コウヤマキなど)
の2タイプに分けることができます。木曽のヒノキ、サワラは、典型的な温帯針葉樹です。
北海道の道東・道北、本州の亜高山帯などの寒冷地では、北方系針葉樹が広大な純林をつくっているところをよく見かけます。彼らはかなり耐寒性が強いので、それを活かしてライバルのいない亜寒帯に積極的に進出し、”一人勝ち”の状態で森を作れるのです。
一方後者の温帯針葉樹は、広葉樹が覇権を握るエリアで、ブナ、ナラ類、カシ類などの有象無象と共同生活を送らなくてはなりません。他の樹との「競争」がどうしても必要になってくる。悲しいかな、温帯針葉樹は、広葉樹と比較して競争力が劣っているため、尾根筋、岩場などの厳しい環境に追いやられ、細々と狭い群落を作るケースがほとんどです。木曽の森の主役であるヒノキも、本来であれば尾根筋で小規模な群落を作るタイプの樹。
しかし、木曽では川沿いの平地、緩い斜面などの、いかにも樹の生育に適していそうな土地に、ヒノキやサワラの大群落が形成されている。普通だったら、平地や緩斜面は広葉樹が牛耳っていて、針葉樹が入り込む余地などないはずなのに…。
木曽では、針葉樹と広葉樹のパワーバランスが逆転しているのです。
この特殊な植生が、森の景観にも大きな影響を与えています。
針葉樹の巨木が林立する森には、特別な空気が流れている気がします。
僕がよく歩く神戸の広葉樹林には、幹を臨機応変に屈曲させたナラ、カシ、カエデが多く生育しています。しかも、各々の樹種にちょっとした個性があって、幹や枝のカーブ具合や、樹姿のデザインは非常にバリエーション豊か。そいつらが混ざり合って森の景色を構築するため、林内の景観は雑然としているのです。
そんな森を見慣れているものだから、ヒノキの大木たちがお行儀よく立ち並ぶ木曽の森を歩くと、ちょっと戸惑います。森の景色に、いい意味で統一感があるのです。清々しいほどにシンプル。
木曽のヒノキ林の統一感には、”退屈さ”は感じません。むしろ、極限まで洗練された林内景観には、ため息がでるほどの感動を覚えます。いろんな樹木が好き勝手に枝を伸ばした、ワチャワチャ広葉樹林もいいけれど、こういう整然としたテイストの森も好き。シンプル・イズ•ザ・ベストは、森の景色にも言えることなんだなあ…。
ヒノキの大木達が、ムラなく森の景色を整えているおかげで、森の内部には不純物の侵入を一切許さないような、神聖な空気が漂います。薄暗い照葉樹林とはまた違う、この独特な厳粛さは、一体どう表現すればいいんだろう……。綺麗を通り越して憎らしいほどに直立した幹が、森の格調を高めていることには、間違いなさそうです。
針葉樹林というと、薄暗くて、陰気臭いイメージを抱く方が多いかもしれません。しかし、そのイメージを抱いたまま木曽の森に入ると、いい意味で拍子抜けしてしまうでしょう。
前述の通り、木曽の森では、針葉樹の大木が適度な間隔を空けて林立しています。その隙間からは、溢れんばかりの日差しが入り込むため、林内は思いのほか明るい。ブナ林並に明るいポイントもありました(例:赤沢自然休養林の冷沢コース)。
日照条件が良い林床では、多種多様な低木・草本が枝葉を暴発させていました。分厚く、濃緑な葉を持つヒノキたちが、ちょっとばかりお裾分けした日光を、低木たちが皆必死の形相で奪い合う。木曽の夏は短いのです、低木よ、がんばれ…。
林内が明るいので、木曽の森の林内には、どこか優しげな空気も漂います。厳粛さと穏やかさが、程よい比率でブレンドされた、心地よいムードが、林内の隅々にまで漂っているのです。やっぱり天然ヒノキ林は、人工林よりも一枚上手だなあ…
木曽の森の特徴②大木が多い
木曽の森の特徴その2は、「大木が多いこと」。森を実際に歩くとわかるのですが、まあ樹1本1本のサイズがデカい。普段、人工林のモヤシみたいなヒノキしか見ていない僕には、ちょっと刺激が強すぎて困ります。
当サイトで何回も書いているように、世界有数の良材を産出するヒノキは、有史以来行われてきた森林伐採のダメージを、最も強く受けた樹種。ヒノキの大木を拝める場所は、とても貴重なのです。
僕は生粋のヒノキファンなのですが、関西にはヒノキの大木とマッチングできる天然林はありません。それゆえ、木曽の森に来ると、一瞬にしてヒノキフィーバーに陥って、自然とテンションが上がってしまいます。
会いたい時に、好きなだけヒノキの大木と遊べる…。視界の隅々まで、ヒノキの大木に埋め尽くされているんですもの‼︎
ヒノキファンとって、これほど心地よい瞬間はありません。
ヒノキの大木の樹姿って、なんだか無愛想な感じがします。梢で天を突くことに夢中になっていて、こっちのことには目もくれない…。枝ぶりすら、満足に見せてくれません。あいつら、目が眩む高さにわさっと枝を茂らせるんです…。幹の色はダークな茶色で、ブナみたいなお色気誘惑もない…。粋な樹皮ファッションで歓迎しよう、という意欲は微塵も感じません。
僕はヒノキのことを愛しているのに(原付で3日かけて会いにきたんだからな…)、ヒノキ本人は僕に全く興味を持っていない気がする。
でも、その”つっけんどんな樹姿”がまた、イイんだよなあ…。そういう気の強さに、惚れました。冷たい態度を取られれば取られるほど、好きな気持ちが増してゆく、アレです。
やばい、神戸に帰ったら、またヒノキ・レスな日々が始まるのか…。そう考えると、恐怖が止まりません…。
(その③へ続く…)