樹木図鑑vol.19 ハルニレ 〜なぜか好かれるヤツにはやっぱり勝てない〜
学名 Ulmus davidiana var. japonica
ニレ科ニレ属
落葉広葉樹
分布 北海道、本州、四国、九州
樹高 30m
漢字表記 春楡
別名 エルム、アカダモ
英名 Japanese elm
「容姿端麗で、みんなから好かれる存在」
小学校、中学校、高校と、どのコミュニティに行ってもこういう人は必ずいます。中学の頃同じクラスにいた、野球部所属・イケメン•優しい・ジョークのセンス抜群のNくんとか……。あ〜、羨ましいっ。
そうそう、奥入瀬の森にも、そういうタイプの人気者がいるんだよなあ。ただし、人間ではなく樹木ですが。
理想の歳の重ね方
ニレ科の高木、ハルニレは、北国の渓畔林でよく見かける樹種の代表です。
本種は、落葉・落枝が含まれていない、フカフカの鉱質土壌が大量に堆積した場所を好む樹種です。
そういった土地は、多くの場合川の氾濫によって形成されます。そのため、ハルニレの群落は川沿いに成立することが多いのです。逆に言えば、ハルニレ林を見たら、「ここで以前、大規模な氾濫があったんだな」という推測ができます。
氾濫跡地に積極的に進出する、というパイオニア樹種的な性質がある割に、彼の寿命は結構長い。数百年生きることも珍しくありません。
↑北海道大学構内のハルニレの大木。2019年8月19日
僕は小さい頃から北海道のおばあちゃんの家によく遊びに行っていたので、ハルニレとお会いする機会に恵まれていました。北海道では、大きめの都市公園に行けば、必ずと言っていいほどハルニレの大木がいらっしゃいます。
樹齢を重ねたハルニレの大木って、ほんっっとうに美しい。
多くの樹種は、そこそこの樹齢に達すると、樹の雰囲気に貫禄が出てきます。枝がとぐろを巻くようにぐねぐね曲がったり、幹がものすごく太くなったり。老いるにしたがって樹姿に「渋み」が出てくるのです。(これは人間の「老い」にも言えると思う)
この「渋み」こそ、大木の貫禄の素。カツラ、クスノキ、スギなどなど、寿命が長い樹種の大木は各地に存在していますが、その多くは威厳たっぷりの勇ましい姿をしています。
↑貫禄ある大木の典型例、大台ヶ原のミズナラの大木。ガタイの良い幹。渋い樹姿だねぇ。
しかし、ハルニレの場合は話が別。彼は、他の樹種とは一味違う老け方をするのです。
ハルニレは、幹をまっすぐ高く伸ばす傾向があります。そのため、多くの大木はスリムなモデル体型。
さらに、ハルニレは枝を大きく横に広げるため、全体的に傘のような樹形に育ちます。枝分かれは樹冠近くの高い位置で行われるため、樹姿は非常に雄大な仕上がり。
↑奥入瀬のハルニレの大木。見上げるほどの高さで大きな枝が四方八方に伸びていくさまは、圧巻の一言。2021年5月6日
スッと伸びた直線的なボディラインの幹から、大枝がたなびくようにして横に広がっていく……。ハルニレの大木は、「優雅」なのです。
↑奥入瀬のハルニレの大木その2。幹はそれほど太くないけれど、そのぶん背が高く、スタイリッシュ。
樹齢を重ねるにつれて、樹姿の優美さが増していく。これが、ハルニレの「老い」です。貫禄と渋みが増していく、クスノキやカツラの「老い」とは一線を画しています。
ハルニレの老け方は、我々人間の目線から見ても理想的なのではないでしょうか。
歳と共にエレガンスさが増す、という点を考慮すると、ハルニレは人気俳優に例えると竹野内豊に近いのではないかと思います。逆に、ミズナラやカツラ、クスノキなどは菅原文太が適当なのではないでしょうか。(個人の主観です)
奥入瀬のハルニレ分布
北海道のおばあちゃんの家に遊びに行ったときにハルニレの大木を見て以来、僕は完全にハルニレに惚れ込んでしまいました。
故郷・関西の照葉樹の大木たちは、どちらかというと菅原文太に近い。貫禄と威厳を全面に押し出した樹姿を披露してきます。そういう樹ばかりと会っていると、やっぱり竹野内豊系樹種が恋しくなります。
そんな中僕の前に現れたのが、まことに優美なハルニレの樹。心を奪われないわけがありません。ハルニレとの交流は、毎回の北海道旅行のひとつの楽しみになっていました。
↑ハルニレの葉。表面に刻み込まれた葉脈の模様がなんとも愛らしい。ザラザラとした手触り。
2019年8月18日北海道清水町
時は流れて18歳になり、青森の奥入瀬に移住。
冷涼な気候の地の渓流。いかにもハルニレが好きそうな環境ではないか………。これからは、大好きなあいつらと一緒に暮らせるんだな。
奥入瀬に行く直前、現地でのハルニレとの出会いに期待を弾ませていました。
ところが、この期待は見事に外れます。
奥入瀬には、ハルニレの大木があまり生えていなかったのです。ガーン。青森シラカバ問題のとき(詳しくは「ダケカンバ」の樹木図鑑を参照)と同じく、樹にフラれた気分になり、ちょっと落ち込みました。
おそらく、これには奥入瀬川の水位が安定していることが関係しているのだと思います。
前述した通り、ハルニレは氾濫河川脇の土砂堆積地が大好きな樹種です。しかし、奥入瀬川は十和田湖という天然のダムが水源となっているため、そもそも氾濫・増水が少ない。川の水位が安定していれば、大量の土砂が川沿いに堆積することもありません。
実際、渓流沿いには、ゴロゴロした岩が転がっている箇所が多く、柔らかい土が溜まっている場所は僅かです。意外にも、奥入瀬渓流はハルニレにとってあまり快適な環境ではないのです。
↑激しく水が流れ、大岩がそこかしこに転がる奥入瀬渓流。川沿いは川沿いでも、ハルニレはこういう場所には住みたがらない。
とはいえ、奥入瀬にハルニレがまったく生えていないか、と言われるとそういうわけでもありません。
奥入瀬渓流下流部(概ね奥入瀬バイパスの橋よりも下流側)は川幅がかなり広く、河道沿いには土砂が溜まって形成されたであろう広い平地が広がっています。下流部では、大幌内川や惣辺川などの大きな支流が合流するため、水量と運ばれてくる土砂の量が大幅に増加するのだと思います。
奥入瀬渓流下流部に限っては、ハルニレ好みの環境が整っているのです。
それゆえ、ハルニレの大木は下流部に集中して分布しています。
↑幅広の川の脇に、まとまった面積の平地が広がる奥入瀬渓流下流部。ここには、ハルニレの大木が大勢いらっしゃる。
キャラ被りの心配はございません
さきほど、ハルニレの大木はスリムなモデル体型の持ち主である、と書きました。彼の樹姿がスタイル抜群であることは、揺るがざる事実です。
しかし奥入瀬には、ハルニレ以外にも、モデル体型をウリにする樹種がいらっしゃいます。以前ご紹介した、サワグルミです。
彼もまた、スラっとした秀麗な幹がチャームポイントの、イケメン樹種。「奥入瀬のジャニーズ」という異名も持ちます(注:そう呼んでいるのは僕だけなんですけど………)。
↑こちらがサワグルミ。なるほど、直立した幹がハルニレの樹姿と重なる。
…………………ありゃ、ということは、ハルニレとサワグルミはキャラが被っているじゃないか!
両者が強烈なライバル関係になったらどうしよう。イケメン度勝負で脱落した方は奥入瀬を去らなければならない……みたいな、Nizi Project的競争が始まったらやだなぁ………。
待ちなさい君たち、奥入瀬にイケメン樹種は一人でいいとか言わないで。ぼくはどっちも好きよ…
しかし、この心配は杞憂でした。サワグルミとハルニレは、互いに似たようなチャームポイントを持ちつつも、細かな点で樹姿の雰囲気が異なります。キャラが被ってるようで被ってないのです。
上の写真2枚は、サワグルミとハルニレの大木の枝部分だけをトリミングしたものです。
ハルニレは細かい枝を密に張り巡らしていて、繊細な印象なのに対し、サワグルミは太い枝がゴツゴツと交錯し、なんだか大雑把な印象。
サワグルミの葉は羽状複葉で、サイズはハルニレの葉の数倍以上。枝文様の繊細さの違いは、葉の大きさの違いから生じているのです。
で、この両方の写真のトリミングを外し、樹全体を写すとこんな感じ。↓
枝ぶりの繊細さが樹全体の雰囲気にも伝導されるのか、やはりハルニレの樹姿は落ち着き払っており、繊麗な印象。
↑奥入瀬のハルニレでは一番色気があるんじゃないか、と思う白銀の流れ付近の大木。
一方サワグルミは、太い枝をガシュガシュ伸ばしまくってるせいか、樹姿に落ち着いた雰囲気はありません。
お上品なハルニレを見たあとにサワグルミを見ると、どうしてもサワグルミがチャラい奴に見えてしまうんです。
↑太い枝を好き放題伸ばす、サワグルミの大木。イケメンなんだけど、なんか枝ぶりがチャラい。
イケメンはイケメンでも、ハルニレは端正かつ格式高いイケメン。俳優に例えると、前述の竹野内豊のほか、吉沢亮に近い樹姿です。
一方のサワグルミはチャラさが漂うイケメン。若い頃の玉森裕太と気が合うのではないでしょうか。
たぶんハルニレとサワグルミでは、ファンの層が違うと思います。だから、どっちの方がイケメンとか、そういう議論はナンセンスなのです。
ただひとつはっきりしてるのは、奥入瀬にはイケてる樹が非常に多い、ということ。
樹姿フェチにとって、奥入瀬の天然林はホストクラブのような場所なのです。
サワグルミとハルニレ、あなたのタイプはどっち?奥入瀬にお越しになって確かめてみてください。
人望が熱い樹
最後に、ハルニレと人間の関わりについて。
ハルニレは冷涼な気候を好み、特に北海道に多いことから、アイヌ民族と関わる機会が多かったようです。
ハルニレの材は燃えやすいため、火を生活の基盤にするアイヌ民族から熱烈に慕われました。ハルニレはアイヌ語で「チキサニ」といい、これは「擦る樹」という意味です。枝を擦って火を起こす動作から、この名前が付けられたのでしょう。
ハルニレに関する伝説として、以下のようなものが伝えられています。
•アイヌ民族は最初、ドロノキの枝を擦って火を起こそうとしたが、全然上手くいかなかった。それどころか、擦ったときに出た揉みクズから、恐ろしい病魔の神や、色情魔の神が生まれ、人間たちに悪さをするようになった。
そのあとでハルニレを燃やしてみると、すぐに火が起こり、人々は歓喜。ハルニレを「カムイフチ(神なる祖母)」と呼び、神聖な樹として崇めるようになった。
これに嫉妬したドロノキの神は、疱瘡神となって人々を苦しめるようになった。だから、世間で感染症が流行っているときに、ドロノキを燃やしてはならない。
(→燃えにくいドロノキと、燃えやすいハルニレの性質を対比した伝説。この伝説では、やたらとドロノキが嫌われている。アカウント名、doronoki0321にしなくてよかった…)
•ハルニレの女神は、とても美しいお姿をしており、天界の神々のあいだでも評判だった。雷の神は人一倍ハルニレの女神に惚れ込んでおり、毎日雲の上から身を乗り出して、彼女の姿を眺めて胸をときめかせていた。
ある日、いつものように雷の神がハルニレの女神を眺めていたところ、偶然近くを通りかかった神さまが雷の神にぶつかってしまい、その拍子に雷の神は雲の上から落ちてしまった。落下した先は、ハルニレの女神のもと。落下のはずみでハルニレの女神は妊娠し、男の子を産んだ。
しかし、雷の神と接触したせいか、ハルニレの女神は出産の際に突然燃え始め(‼︎)、6日後に焼け死んでしまった。そこで、亡くなったハルニレの神の代わりに、イカッ•カラ•カムイという女神が男の子の養育を担うことになった。
ハルニレの炎は長い間絶えることなく燃え続け、その火はイカッ•カラ•カムイと男の子が住む砦の囲炉裏に入れられた。
男の子は成長して、アイヌラックル(アイヌ民族の祖とされる英雄神)となった。
(→ハルニレの枯れ木に雷が落ちると、強く発火する……らしい。北海道各地に、アイヌが落雷ハルニレから火を得た言い伝えが残っている。)
…………母なる神聖な樹になったり、英雄神の産みの親になったりと、ハルニレが良い役を独占してるじゃないか。まあ、このキャスティングにも納得です。あれだけ美しい樹姿をお持ちなんですもの。
↑ハルニレの樹皮。ブロック状に裂け目が入るが、あまり剥がれない。
ハルニレがチヤホヤされてるのは、現在も同じ。
北海道いちの大都市•札幌は、扇状地の上に拓かれた街です。そのため、開拓以前は大規模なハルニレ群落が広がっていたんだろうと想像できます。
現在でも、札幌の街中にはハルニレの大木•街路樹が多く、北海道大学構内、北大植物園構内、大通公園はハルニレ観察の好適地です。
札幌市民はハルニレに親しみを感じているらしく、市内の様々な施設•建造物の名前に、「ハルニレ」「エルム(ハルニレの別名、ニレの英語名)」という言葉が入っています。(例:環状通エルムトンネル、はるにれ薬局)
↑北海道大学構内のハルニレ並木。
現在は日常生活の中で焚き火をすることはありませんから、ハルニレの助けを借りる機会は非常に少ないでしょう。現代人がハルニレを「役に立つ樹」と意識することもありません。
しかしそれでも、ハルニレはこれだけ愛されている。
生活に必要か、必要ないかに関わらず、とにかく好かれる。これって凄いことだと思います。ただそばにいて欲しい、と人々に思わせる力が、ハルニレにはあるのでしょう。
この人望のもとは、いったい何なのでしょうか。
美しい樹姿?でも、見た目が美しい樹はハルニレ以外にもいっぱいあるしなぁ…。
たぶん、樹のからだ全体に「人を惹きつけるオーラ」がまとわりついているのでしょう。
やっぱり、「なぜか愛されるヤツ」が愛される理由は、はっきりしません。
僕はもう、彼らを羨むのをやめようと思います。
だって、そういう人気者になるには、ハルニレのような美しいオーラを放たなくちゃダメなんでしょ?そんなの僕には無理だよう。あんなに格が高い樹の真似なんて、とてもとても恐れ多い…………
↑こちらはちょっと変わり種。枝にコルク質の翼がついたハルニレ。こちらはハルニレの変種、コブニレ。出会えたらラッキー、ぐらいの珍しさ。
<オヒョウとの識別>
ハルニレとよく似た樹種に、オヒョウ(Ulmus laciniata)というヤツがいます。
オヒョウはハルニレと同じくニレ科に属し、冷涼な気候を好む、という点でもキャラが重複。分布域が重なるため、ハルニレとオヒョウが同じ森に生えている、という状況も十分にあり得ます。
そこで、ハルニレとオヒョウの識別法を下に載せました。
•ハルニレの葉は卵形〜倒卵形(オーソドックスな葉っぱの形)だが、オヒョウの葉は葉先で細かく分裂し、魚の尾ひれのような形になる。↓
↑オヒョウの葉。
•ハルニレの冬芽はかなり小さい。オヒョウの冬芽はぷくっと膨らんでいて、大きいため、よく目立つ。また、ハルニレの冬芽は茶色っぽいが、オヒョウの冬芽は黒紫色に近い。
オヒョウの内皮からは繊維がとれ、アイヌ民族はそれを利用して「アツシ織」という織物をつくっていました。オヒョウのアイヌ語名は「アッニッ」といい、これは「紐をとる樹」の意。
北海道には「厚真」「厚別」「厚岸」など、「厚」の字が入る地名が多いのですが、これらの地名はすべて「オヒョウの皮をとるところ」という意味のアイヌ語に日本語の漢字を当てたものです。
アイヌ民族とオヒョウが、いかに深く関わっていたかがわかります。
↑オヒョウの大木。奥入瀬渓流内には、オヒョウの大木が数本しか生えていない(ぼくの知る限り)。しかし、若木は渓流内のいたるところに生えている。大木から数キロ離れたところでも、若木が繁茂しているのを見ると不思議に思ってしまう。あの若木たちは、どこから来たのか?彼らの親木は誰なのか?