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大地よりも古い樹が、消えようとしている 〜ニュージーランドカウリの物語〜 その①

島嶼生態学の授業で、先生が言っていたことが妙に印象に残っています。
「君たちが知ってるとおり、南太平洋の西側には、”New”がつく地名が多い。ニューギニア、ニューブリテン、ニューカレドニア、オーストラリアのニューサウスウェールズ、そして私たちの故郷(ニュージーランド)…。でもこれは、とても奇妙な巡り合わせなんだ。だってこの地域には、地球上のどこよりも起源が古い自然が広がっているんだからね。」

オセアニアに点在する”New 〇〇”という地名は、17世紀のヨーロッパ人探検家たちが、自身にゆかりのある地に因んで勝手に付けたもの。当たり前ですが、オセアニアの自然史そのものは、彼らが到達するよりもずっと前から連綿と続いていたのです。

↑1769年、ジェームズクックによって描かれたニュージーランドの地図。ニュージーランドの海岸線が正確に描写された、初めての地図。”ニュージーランド”の地名は、オランダ南部のジーランド地方に由来する。https://teara.govt.nz/en/document/1454/cooks-map-of-new-zealand-1773より引用

現在オセアニアに散らばる陸地(オーストラリアやNZ、南太平洋上の島々)は、白亜紀前期まで、南米やアフリカ、南極大陸とともにゴンドワナ大陸という同一の陸塊を形成していました。
このゴンドワナ大陸は、まさしく”樹木の大地”で、かなりの面積が鬱蒼とした森に覆われていました。当時は、地球全体が暖かく湿潤な気候を帯びていて、木本植物が栄華を極めていたのです。

↑4億2000万年前のゴンドワナ大陸の地図。中生代の地球の陸地の、65%を占めていた(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Gondwana_420_Ma.pngより引用)

二ュージーランドがゴンドワナ大陸から分離したのは、約8500万年前のこと。それ以降、この島が他の陸地と繋がることは一度もありませんでした。どこからも辿り着けない、広大な海の端っこで、独自の自然史が紡がれていったのです。

8500万年のあいだに、タスマン海の向こう側では、地球全体の生物相が塗り替えられるような大事件が何回も起こっていました。
ゴンドワナ大陸が分裂したことで、新たな大陸や海洋が生まれ、地球のレイアウトは大きく改訂されました。それに伴って気候が急変し、一部の植物たちはより適応力の高い形態である、あるいは被子植物へと進化していったのです。氷河期が終わる頃には、多くの地域で新生代以降に出現した生物が覇権を握るようになり、中生代以前の生物相は、ひっそりと姿を消していきました。

↑ニュージーランドの固有種、トゥアタラ(Tuatara)。最も原始的な爬虫類とも言われる。人間が移入した哺乳類による捕食によって、本土では絶滅しており、現在の生息場所は外来生物や人間活動の影響を受けない離島に限られている。(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tuatara_(5205719005).jpgより引用)

しかしニュージーランドの自然は、地球全体の歴史の流れから切り離されていたため、他所の生物種からの干渉を殆ど受けませんでした。何せこの島は、最寄りの陸地から2000km以上離れているのです。いくら進化を重ねていたとしても、陸上生物にとってこの距離は少々長すぎます。
結果としてこの島には、ゴンドワナ大陸の原始的な生物相が、長きにわたって保存されることになりました。大洋に閉じ込められながら、8000万年以上の時間を旅してきた、生態系のタイムカプセル。今日のニュージーランドに広がっているのは、そういう自然なのです。

大地よりも古い樹

ニュージーランドの自然が辿ってきた特異的な歴史を、肌で感じられる森があります。カウリの巨木林です。

カウリ(Kauri)は、ナンヨウスギ科ナギモドキ属に属する針葉樹。ニュージーランドの固有種で、亜熱帯気候を帯びた南緯38度以北に分布します。学名のAgathis Australisはギリシャ語起源で、直訳すると「南の大地(Australis)の毛糸玉(Agathis)」という意味になるのですが、この名の由来は球果の形状を見れば一目瞭然でしょう。実はコレ、世界最古の松ぼっくりなのです。

↑カウリの球果。丸っこくて愛らしい。

カウリは、地球上で最も古い現生樹種の一つで、その起源は2億3500万年前まで遡ります。

カウリをはじめとする、ナンヨウスギ科の樹木は、地球で初めて「有性生殖」を行った植物の一つ。つまり、植物の世界に初めて”性”という概念を導入したイノベーターなのです。

彼らが開発した”種子”という構造は、植物の歴史を大きく変える、画期的な発明でした。

それまでシダ植物やコケ植物が用いていた胞子は、十分に湿っていて、かつ肥沃な環境でないと発芽できません。そのためデボン期まで、植物の分布は湿地帯や河畔など、水辺の環境に限られていたのです。
一方種子には、いくらかの養分が内蔵されていますから、発芽した幼苗はそれを使って根を伸ばし、すぐさま水を確保できます。また、種子は頑丈な殻で保護されているため、親木から離れた後も、長期間にわたって発芽能力を保つことができる。

↑カウリの葉。針葉樹だが、幅が広く、扁平な葉をもつ。日本のマツやスギとは似ても似つかない。

ナンヨウスギ科の樹木たちは、これらの長所が揃った種子を大量に生産し、熟すまでのあいだ親木の枝上で保存する仕組みを思いつきました。そうして出来上がったのが、”球果(松ぼっくり)”という種子形態だったのです。
結果として、彼らの生殖効率は飛躍的に上昇。中生代の半ばごろには、ナンヨウスギ科の分布は地球全土に広がり、彼らの”絶頂期”が到来しました。
カウリはその真っ只中、約1億3500万年前に出現した樹種で、そこから現在に至るまで、形態は変化していません。まさしく"ニュージーランドの大地よりも古い樹木"なのです。

↑オークランド近郊、ワークワースのカウリの巨木。

しかしナンヨウスギ科の繁栄は、長くは続きませんでした。パンゲア(中生代の地球に広がっていた超大陸)が分裂し、地球の大部分で被子植物が優占するようになったのです。被子植物との競争に敗れた彼らは、その分布を大幅に縮小させてしまいました。

そんな彼らに残された安息の地、それがニュージーランドでした。この小さな島は、8000万年以上、地球の歴史から置き去りにされているのです。手強い競争相手も、ここまでは追ってきません。

↑現在、世界には19種のナギモドキ属が生育しており、その全てが西太平洋〜東南アジアに分布している。ニュージーランドカウリは、その中で最も起源が古い種。

進化の波が及ばない、世界の端っこ。ゴンドワナ大陸の生物相が生き残ることを許された、最後の陸地です。幸運な偶然が連鎖し、いつしかそこで出来上がった特異な植生。
それが、今日私たちが観ることができる、ニュージーランドカウリの森なのです。

カウリ・グローブ

タウランガから車で3時間、コロマンデル半島の山奥にあるワイアウ・グローブ(Waiau Grove)は、僕が初めてカウリに出会った場所です。
深い山をかき分けた先で、突如現れたカウリの森は、今まで僕が観てきたどんな森とも違う、独特な様相を呈していました。

↑ワイアウグローブ。コロマンデル半島に残るカウリの巨木林。

真っ直ぐ伸びた豪勢な幹から、四方八方に逞ましい枝が伸び、もこもことした分厚い樹冠が天高く持ち上げられています。森を遠くから見ると、大地が巨大な傘をさしているように見えます。

↑カウリの独立木。巨大なカリフラワーのように見える。

カウリは、南半球で最も長く生き、最も大きく成長する樹木です。樹高50m、幹の直径は7mにも達し、寿命は2000年。紀元後の人間の歴史が、カウリの生涯にすっぽり収まってしまうのです。

マオリの神話では、カウリは「大地と空を繋ぎ、天からの光を世界にもたらす樹」と説明されていますが、実際にワイアウグローブを歩くと、この伝承の意味がよくわかります。

カウリは、かなりの高所で樹冠を張るため、それを見上げると地上と空との距離がずいぶん離れたような錯覚に陥るのです。辺りに聳える巨大な幹が、空を丸ごと持ち上げ、森の底には薄暗がりが溜まっていく…。マオリの人々は、そんな厳かな森景色に、畏怖と尊敬の念を抱いていたのでしょう。

↑ワイアウグローブのカウリの巨木。

ワイアウ・グローブに広がっているのは、カウリが8000万年の旅を経て現代まで持ち込んだ、ゴンドワナ大陸の植生です。裸子植物がこれほどまでに勢いづいている場所は、世界中見渡しても極僅かしか残っていません。彼らの繁栄期が終わってから、もう数千万年が経っているのですから。

↑コロマンデル半島の尾根筋に広がる、カウリの残存林。カウリは日照条件が良い土地を好む樹種で、尾根筋や斜面中腹に多い。

カウリの樹体には、木本植物が全盛だった時代の記憶が、いまだに宿っているのです。だからこそ、現代の地球の基準では規格外れの巨木に育つ。
カウリの森は、いわば地球の歴史から取り残された植生。それゆえ、その内部では裸子植物の繁栄期がずっと続いているのです。

歴史の絡まりに巻き込まれて

カウリという樹種が、8000万年以上にわたって存続できた理由は、やはりニュージーランド特有の孤立した環境に依るところが大きいのでしょう。
ところが800年前、ニュージーランドに人間が上陸すると、この”孤立”が徐々に解かれていきました。そして、カウリの運命の歯車が、おかしな方向に狂い始めたのです。

その②へ続く


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