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種を蒔く(2024年秋: 始まりの途中)

一つだけ良かったことは、舌の肥えている彼女がどれも本当に美味しいと言ってくれたこと
揚げ物太りしそうなくらい毎日コロッケサンドを試食した甲斐があった

『春音ハルネ』の看板メニューはコロッケサンド
ご注文を頂いてから一つ一つ丁寧に、作りたての温かい状態でお出しするのがこだわりだ

メニューを作り始めた当初は女性が好きそうなおしゃれな物を色々考えていた
でも何かちょっとした違和感が
女性向けにおしゃれなメニューを出しているお店は五万とある
敢えてわざわざそこに踏み込まなくてもいいのではないか

男女問わずあったらちょっと嬉しいメニュー
たまにふと思い出して食べたくなるような
二子新地という街の雰囲気にも馴染む物
何かないだろうか
しばらく思考を巡らしている内に甦ったこの夏の記憶

この夏、初めて長期で北海道に帰省した
帰省といっても私は北海道の出身ではない
私の第二の故郷
札幌の叔母の家が今の私の実家
母のすぐ上の姉である叔母はマザーテレサのような人だ
いつも誰かのために忙しく動き回っている

14年前の夏、母が他界した後、私の周りの状況は目に見えて変わった
子どもの頃から可愛がってくれた身近な人が波が引くように離れていった
人って状況が変わるとこんなにも簡単に離れていくんだ
それが何よりもショックだった
私は何も変わっていないのに

そんな中で叔母は変わらず私にずっと寄り添ってくれた
今日に至るまで何も変わらずに、離れていてもいつも見守り、遠くからエールを送ってくれる

叔母の子ども達、すなわち私の従姉弟も今や私にとっては実の姉弟のような存在
従姉は私が一番大変な時にたくさん話を聞いてくれて、母が置いて行った膨大な荷物の山を一年がかりで一緒に片付けてくれた
普段口数が少ない従弟も何かあれば遠くからでも文句も言わず駆けつけてくれる
叔父も血の繋がりはなくともいつも私のことを気遣ってくれる優しい人だ
私が今日まで心健やかに生きてこられたのはこの家族のおかげだ
私は本当に恵まれている

美味しい物が好きな従姉と私は、札幌でも東京でも会えば美味しい物を求めて一緒に食べ歩く
その従姉が教えてくれた札幌で行列が出来る喫茶店
それが甦ったこの夏の記憶

そのお店にはたくさんの種類のサンドイッチがあって、ハーフ&ハーフで注文することもできる
しょっぱい物も甘い物も食べたいよくばりな私にはありがたい
コーンコロッケサンドとフルーツサンドを注文し、しばらく待つ
が、中々出てこない...
ようやく出てきたそれは昭和の時代によく目にした普通のサンドイッチ
特段の期待もなくコロッケサンドを口に入れた瞬間
「あっ美味しい…」
思わず独り言のようなつぶやきが出た
アツアツのそれは後からふわっとコーンの甘さが追いかけてきて、じんわりと私のお腹と心を満たしてくれた
待った時間の長さを一瞬で忘れさせてくれるくらいに

家事程度の料理経験しかない私の力が発揮出来て
家でも作れそうだけどなんか美味しくて
たまにふと思い出して食べたくなる
そうだ、コロッケサンドにしよう
その思いつきはなんだかとてもしっくり来た

2024年11月3日(日) 春音プレオープン初日

2組目のお客さまは青春時代を共に過ごした仲間達3人同時におもてなしをするのは今の私にはハードルが高いが良い経験だ
もう開き直る気持ちで朝からの数々の失敗談を赤裸々に話した
普段の私しか知らない彼女たちは慣れたもので、私のドジ話を笑い飛ばし励ましてくれた
「初日だからしょうがないよ〜私たちで練習しなよ」と
ありがたすぎる
もうここは有り余るほどのおもてなしの心でカバーするしかない
日々の疲れを癒してもらえるよう精一杯動き回る
集まるといつまでも話は尽きない
そのいつもと変わらぬ光景を、いつもとは違う距離感で、カウンター越しの風景の中に見られたことが何だか微笑ましくて、嬉しかった

グダグダ振りは相変わらずだったが、
帰り際「家に遊びに来たみたいに寛いでしまったよ〜」と嬉しいコメントを残してくれた
私には最高の褒め言葉

お店に来る前に神社でお祈りしてきたから大丈夫、とさらっと励ましてくれた心優しい友人達
彼女達の温かいエールは私にたくさんの勇気をくれる


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