芳明の風景 涙 021
キヨさんと名乗るおばあさんから電話を受けたあと、僕はすべてのものを投げ出して飛行機に飛び乗った。キヨさんは彼女のジーンズのポケットの中に入っていた電話番号を見つけて連絡をしてくれたのだという。
なにも考えられなかった。なにも持っていなかった。ただ、彼女に会いたいという気持ち以外は。空港へ向かう道のり、機上での時間、そしてキヨさんの家まで到着する間がどれほど長く感じたことだろう。
博史の葬式では出なかった涙が、彼女を目の前にしたときには止まることなく溢れ出た。彼女が無事だったこと、苦しみの深さ、僕が目をそらし続けたこと。葬式のあと誰よりも苦しぬいたであろう彼女を、その事を知りながらも見捨てた事。どの涙だったのか僕自身にもわからなかった。僕の目の前に彼女がいることだけが事実だった。やせ細って憔悴しきって、それでも再び僕の目の前に姿を現してくれた彼女。
「死んだら、許さないからな」
僕は、彼女の顔を見るとそう叫んだ。
もうなにも言えなくなって、なにも考えられなくなって、ただ僕の胸の中にいる彼女の温もりだけを確かめていた。
「なんで、お前は。僕になにも言わないで・・・」
やっと絞り出すように僕の口から出たことばは、涙で震えていた。
「なにがあっても、生きろ」
彼女の髪をなでながら僕は、二度と彼女から目を離さないことをこころに決めていた。
「・・・・ごめんなさい」
彼女はぽつりとつぶやいて、僕の胸の中で泣きはじめた。
「ごめんなさい。芳明を試したわけじゃない。神さまや世界を試したわけじゃない。ただ、自分に負けてしまったの」
しゃくりあげながら、ゆっくりゆっくりと、彼女はそう告白をした。