春名尚子
世界が滅びる夢を見つづけてきた少女の旅の物語。 20年ほど前から、すこしずつ書き直しては手を止めて、書き直しては手を止めて。これは2011年3月のバージョン。
「惑星のかけら」という物語をUPしながら、浮かんだことをつらつらと書いてみようかなと。
どうして世界はこんなにも歪んでしまったんだろう・・・すべてのひとがしあわせに生きられる世界はどうすれば創ることができるんだろう・・・ 世界が滅びる夢を見つづけてきた少女の旅の物語。 20年ほど前に書いていた物語です。古い設定もそのままに発表します。
はじまりも おわりも なく 暗く 明るく 美しく 醜く 輪を描き 和を描き 上昇し下降し 廻りつづける その輪を動かしゆく もの ひらかれし扉 その彼方に なにを とざされし扉 その彼方に なにを 銀河の大いなる胎動 ゆるやかに ひそやかに おごそかに すべての瞬間は すべての瞬間と つながり 途切れ また繋がりゆく いと すばらしきもの それは美しき手により紡ぎあげられ いと まごうべきもの それは醜き手により 紡ぎあげられ それらが同じ根源より
芳明の風景 巡礼「なんなんだ・・・」 わけがわからなくて、もうどうしていいのかわからなくなってしまった。このファイルの最後に、彼女ははっきりと記している。僕のもとへ帰ってくると。 僕と一緒に生きていくことを決めたんじゃないのか? じゃあ、どうして、きみは消えてしまったんだ。気づいたって、なにに気づいたんだよ。帰ってくるんだろう? 僕の待っている、僕の家へ。 どれくらいロビーでうなだれていただろうか。もう僕は何もわからなくなって、どこに行く気力もなくて、なにをしていいのか
FILE 旅を終えて。 風がいろんなものを運んできては、また流れてゆく。 その風は途切れることなく、ずっとこの惑星を流れつづけている。 その風を、愛と呼ぶのかなあ。そんなことを、ふと思ってみたりする。 ねえ、芳明。わたし、わかったよ。すべてを想い出したよ。 わたしもあなたも地球も風も木々も、みんながつながっているんだね。 わたしたちは、水のしずくのように、水面から離れて存在しているきらめきの珠にすぎない。宇宙に溶け込むのは、とても簡単なことなんだ。海が
彼女の風景 搭乗 那覇発関空行きの二九便に足を踏み入れた途端、わたしの足は恐怖にすくんでしまった。乗車率は五割といったところだった。ファイルをメールで送ることができたので、気持ちは少し落ち着いてはいた。真っ青な空が広がっていることも、意味もなく心強かった。 わたしのこころは、テロに対する恐怖やおそれや怒りや悲しみや憤慨に包まれていた。わたしはゆっくりとそれらの気持ちと折り合いをつけてゆく。わたしの中にやすらぎがなければ、世界が安らぎに包まれることなんて、ないから。 テロを
第七章彼女の風景 不安 件名:念のために お願い。 この添付ファイルを、絶対に見ないで。もしも、もしもわたしに何かがあったとき、そのときはこれをあなたに託します。 大丈夫だったとき、ねえ、そのときは笑って捨てようね。 お願いだから、バカだなって、笑ってね。 一緒に、笑ってね。わたしも、そうなることを願ってる・・・ 「今朝は、いつもとなにかが違う?」 目を覚まして、ふとんの中から窓の外を眺めたその瞬間、不思議な違和感にさいなまれた。窓の外には、いつもとかわらない
芳明の風景「世界を滅びに導いたものの正体、それをお前は知っている。そのことを認めてこなかっただけだ。だが、お前はそれを既に知っている」 鍾乳洞の中で聞こえてきた『声』は、僕らにそう告げた。 「僕が、それを知っている?」 僕らは大岩の前で立ち尽くしていた。 「それよりも、あんたは誰なんだ?」 闇の中の光は、そっとその力を弱めてしまい、洞窟の中は真っ暗になった。目を開けても、閉じても、その違いがわからないほどの暗闇が訪れた。もうとなりにいる彼女も見えなくなってしまった。 「
FILE 勇気 一体、なにが起きているんだろう。 真実とは、なんだろう。世界って、なんなのだろう。 わたしのこころが破壊を望んでいて、それが形になっているのがこの世界だとしたら。わたしはそれをどう償えばいいんだろう。 キヨさんのおうちにたどり着くと、キヨさんはごはんを作って待っていてくれた。 「わたしはなにをすればいいの? 世界の崩壊を止めるために、わたしはなにをするべきなの?」 「まずは、落ち着きなさい。あわてたって、なーんもわからんよぉ」 おかずが冷めるからま
FILE 正体 天から降り注ぐ光は変わらず大岩を照らしていた。 「世界を滅びに導いたものの正体、それをお前は知っている。そのことを認めてこなかっただけだ。だが、お前はそれを既に知っている」 「知っている? わたしが?」 「お前の世界は、お前のこころの投射でできている。なぜこれほどまでに世界は歪んでいるのか、お前はその答えをずっと探していた。 それは、人々のこころが望んでいるからだ」 「望んでいる?」 「ああ。そうだ。人のこころの中に、それが巣くっている。世界の崩壊を止められ
芳明の風景 その『声』が響いたとき、僕は見た。洞窟に差し込んでいた光がまぶしさを増したのを。 一体なんなのだ。どこから聞こえているんだ。 これが、彼女の言う『声』なのか。 大きな岩の上から注がれている光は、岩を明るく映し出しはじめた。岩の影が背後に映し出されたとき、僕は彼女の腕を取った。 「頼むよ、ひかり」 僕はそう言って、彼女の腕を掴んだまま出口へ向かって歩きはじめた。彼女はもちろん抵抗を続けたけれど、こればっかりは聞き入れられない。 僕らは鍾乳洞の深い深い場所に
第六章FILE 暗闇 深い暗闇の中にわたしたちは降りていった。細く深くつづく、自然が作り出した鍾乳洞。懐中電灯を手に、ゆっくりと歩を進める。ひんやりとした風がほほをなでてゆく。遙か昔の歌を運んでくる風のように、その感触は音に満ちていた。 龍宮の島巡礼の最後の地として、なぜここを選んだのか、わたしにもわからなかった。島の地図を見ていると、どうしても惹かれる場所があって、心がそこから動こうとしなかったのだ。そして、その場所をよく調べると、鍾乳洞があることがわかった。観光地でもな
FILE 愛 痛みの中で目を覚ますと、にじんだ視界の向こうにみえてきたのは、心配そうにわたしをみつめる目だった。 「誰?」 かつて、母が注いでくれたようなまなざし。愛されているということを意識することすらなく、ありのままのわたしという存在の、そのすべてが受け入れられていることを諭しているかのような、それを見るだけで安らぎに包まれる慈愛の瞳。 「おかあさん? おとうさん?」 夢の世界に置き忘れていた意識が戻ってくると、そのまなざしの主が誰なのかがわかった。それが誰かを身体が
FILE 夢 許しなさい 愛しなさい 幸せになりなさい あの日、わたしは龍の海にすべてを捨てた。けれど海に飛び込んだわたしの背中には、まだ羽が生えていなかった。ううん、白く美しかった大きな翼を、わたしは失ってしまっていたの。とっくの昔に。扉は閉ざされたままで、この命を海に投げ出して、すべてを終えることを許してはもらえなかった。 そして『声』は言う。「許しなさい。愛しなさい。幸せになりなさい」と。 許すことは、できるかも知れない。世界を癒すために博史を許さなければな
FILE 今を生きる ねえ、芳明。幸せって、ほんとうに恐いね。 だから、人は一生懸命になって、幸せになることから逃げつづけるんだろうね。 バカだね、わたしは。 「きみはきれいだ」 芳明は、何度も何度も叫んでいた。森中に響く声で、泣きながら。 自分でも意味がわからないままわたしは泣き叫んでいた。あふれてくる涙を抑えることができなかった。それは、キヨさんといるときに流れてくる、よろこびの涙じゃなかった。不安で苦しくて、すべてがバラバラになってしまいそう。大地さえもなく
FILE 扉 すべてを超えてゆくことを可能にする力がある。 人生の境界線をも。 容赦なく襲いかかってくる悲しみすらも。 それは、ゆるし、いやし、いつくしみ、つつみこむ、おおいなるやさしき力だ。 すべてのものはひとつで あなたはわたし わたしはあなた あなたが在り わたしが在り 在ることによりて 宇宙は存在している なにが欠けても その宇宙は存在することができない すべては遊戯のために形どられた 清らかな水面に映し出された 幻影に過ぎない すべてでひ
第五章芳明の風景 月光 月の光が明るすぎて、星たちはその姿を隠してしまっていた。排気ガスに汚染されていない空は、普段なら数え切れないほどの宝石のようなきらめきに包まれているのだろう。 「芳明。あの子と一緒にいることの意味を、お前はそのうち知るだろう。そのとき、怖れずに一緒に歩いていくことができるように。今理解することはできなくても、あの子が見ている世界を見るようにしなさい」 キヨさんは、僕とふたりになると、彼女が抱えている未来のことを話してくれた。彼女が選ぶかもしれない、ひ
FILE 光とともに「行ってきます」 「うん。気をつけて」 バスに乗り込むわたしを、芳明が手を振って見送ってくれる。それも今日で終わりだ。わたしたちは、いよいよ龍宮の海にたどり着く。 疲労感はあまりなかった。一度は歩いた道のりだ。それも絶望の中、なにも食べずに歩き通した道だ。今回のわたしには、大きな大きな味方がいて、きっちりと食事をとり、十分な休息もとれる。そして、そのこと以上にわたしを支えているのは信頼感だった。わたしが自然を愛するように、また自然もわたしを愛してくれて