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『訂正する力』をデザインと組織に照らして考えたこと

私たちは日常生活の中で、意識せずに「訂正する力」を使っています。
たとえば、友人との会話で思わず言葉を言い直したり、急な予定変更に合わせて行動を切り替えたりする場面。こんな小さな「訂正」を、私たちは無意識に繰り返しながら日々を乗り越えています。それがどれほど重要な力か、改めて考えることは少ないかもしれません。

一方、仕事や組織の中ではどうでしょうか?
書籍『訂正する力』で東浩紀さんが指摘するように、日本では「間違いを認めて方向を変えること」が難しい場面が多いと感じます。失敗を恐れる文化や、現状維持を選びがちな風潮があるためか、変化を受け入れることに慎重になりすぎる傾向があるのではないでしょうか。

本書では、過去の失敗や不完全さを受け入れ、それを新しい文脈で再構築する力が、人間の成長や未来を切り開く鍵だと説いています。


著者が強調する「訂正」とは、単なる間違いの修正ではなく、過去を土台にして新たな可能性を探る前向きな営みです。

この記事では、『訂正する力』を通じて、私自身が日々のデザインプロセスや組織の中で経験したことと照らし合わせながら、この力がどのように現れ、成長や進化と結びついているのかを、考えてみたいと思います。


 違和感を見逃さず、新しい価値を再定義する

デザインプロセスでまず大切なのは、「違和感に気づく」ことです。デザイナーの仕事は、単に美しいものを作るだけではありません。「何を作るべきか」「なぜそれを作るのか」を問い続ける中で、背景にある課題を見つけることが求められます。

たとえば、私が担当しているプロダクトの中には、20年以上運用されているものもあります。長い歴史を持つプロダクトでは、当時のコンセプトが現状のユーザーのニーズとズレを生じることがあります。そのズレに気づいたとき、「何かおかしいな」と感じることがスタートラインです。

この違和感は、課題発見の第一歩です。しかし、ただ気づくだけでは十分ではありません。それを掘り下げて意図や目的を再定義する作業は簡単ではありませんが、新しい価値を見出すために欠かせないステップです。

こうしたプロセスも、「過去を否定せず、未来を見据えながら一貫性を保つこと」です。違和感に対処し、新しい価値を見出すこのサイクルこそが、デザイナーの重要な役割だと感じています。

勇気を持って変える力と、それを支える心理的安全性

意見や方向性を変えることには勇気が必要です。それは、不確実性やリスクを伴い、ときには間違いを認めることも求められるからです。私自身も、この「勇気」を出すことに何度も悩んできました。

ただ、この勇気は一人だけで持てるものではありません。チーム内でメンバー同士が意見を出し合い、安心して議論できる環境が必要です。違和感やアイデアを共有し、柔軟に考えを変えることで、チーム全体が進化していくのだと思います。

あるプロジェクトでは、当初の方針が状況に合わなくなり、大幅な変更が求められました。このとき、メンバーと意見を交換し、次のステップに納得感を持って進めるよう、計画を再定義しました。異なる視点が飛び交う中で、「こうしたら解決できるのでは」という建設的な提案が生まれ、その結果、チーム全体が新たな方向性に共感し、一丸となって取り組むことができます。

こうした環境では、意見が衝突しても、対話が建設的に進みます。「信頼関係」とは、こうした心理的安全性の土壌に支えられているものだと感じます。勇気を持って変えるには、この土壌が不可欠です。

「訂正する力」を実感したこと

プロジェクトの方針を訂正する

先にも述べたように、あるプロジェクトで、スコープの拡大によって進行が停滞し、リリースが大幅に遅れる厳しい状況に直面しました。このような中で、プロジェクト全体の方向性を見直し、大きな方針転換を行う必要がありました。私は取りまとめ役として、チームと状況を共有し、理解と合意を得る役割を担っていました。

このプロセスでは、単に計画を修正するだけではなく、その決断までにはメンバー一人ひとりの意見や提案に耳を傾け、議論を重ねることが重要でした。こうした対話を通じて、最終的な決断に対してチーム全員が納得し、前向きに受け入れることができたのではと思っています。互いに意見を交わしやすい雰囲気を保つことが、この変化を支える大きな要素だったと感じています。

結果として、このプロジェクトで得られた経験や資産は、次のプロジェクトに大きく活用することができました。もちろん、反省すべき点も多々ありますが、試行錯誤を繰り返しながら少しずつ築き上げたことが、未来への前進を支える確かな基盤となったのではないかと思います。このプロセスを通じて、解釈を見直し続けることで本質的な価値を維持し、前向きな変化へつなげられました。これが「訂正する力」なのではと考えています。

デザイナーとしてのキャリアを訂正する

私のキャリアの中でも、方向を見直し、訂正する場面が何度もありました。初めは専門のデザインスキルを深めることに集中していましたが、別の事業に関わることをきっかけに、ひとつのスキルを追求するだけでなく、幅広いスキルや知見が必要な状況になりました。その過程で、次第にチーム全体を見渡し、マネジメントに挑戦する必要性を強く意識するようになったのです。

マネジメントでは、自分の成果だけでなく、チーム全体の力を引き出すことが求められます。「どうすればチーム全体で事業を成長させられるのか」を考える中で、それまでにはなかった新しい視点を得ることができました。

こうしたキャリアの変化は、最初から計画していたわけではありません。課題を見つけ、解決するために試行錯誤を繰り返す中で、自分の考えや解釈が自然と変化していった結果だと感じています。
大切なのは、過去の行動を「ぶれ」ではなく、理想に近づくための必要なステップとして解釈し直すことだと思います。その解釈を見直すプロセスが、新たな可能性を生み出します。
それこそが、「訂正する力」(=成長)なのではないか
と思っています。

問い続けることで育む「訂正する力」

訂正する力を持続させるには、「これで本当に良いのか」「別の方法はないか」と問い続ける姿勢が欠かせません。私自身も、これを忘れないようにしたいと日々思っています。

問い続けることは決して楽なことではありませんが、それが成長の原動力になるのだと感じます。

さいごに

「訂正する力」は、過去を否定するものではなく、新しい価値を見出し、これまでの解釈を前向きに再構築する力です。デザインやキャリアで直面する違和感や課題も、この力を活用することで、進化と成長につなげることができると信じています。

デザイナーは、違和感に気づき、それを訂正し、形にして伝えるという営みを日々繰り返しています。その結果、サービスを通じてユーザーの生活や社会を豊かにする手助けをしています。この営みに誇りを持つことが、デザイナーとして大切な心構えだと思います。


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