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『曇り空に』最終話 空が晴れたなら


あの曲を聞きながら、いつもよりも遅いペースで俺は歩いている。何を見たのだろう。そしてどうすれば。いや、何もできないのだけれど、こうして歩く以外には、何も。


歩き出せば、いつかは目的地に辿り着く。水は時として地に降り注ぎ、人の喉を潤す。ウオーターサーバーを売り歩く俺。それは全くのビジネスだけれど、おいしい水を飲んでもらえたならと願いながら、それを人へと送り出す。その水も、水を飲んだ人も、やがてはひとつのところへ辿り着く。生きている内には見えぬそれは、果てしなく続く地平線の向こう、流れる川の下流に待っている海のようでもある。

妙に哲学的になってしまった。おまけに詩人が混じっている。俺らしくもない思考だ。自分の脳内に浮かぶ散漫な言葉たちに、自分で苦笑いした。

スマホの音楽を切り換える。彼女から借りたCD、そこから取り込んだ曲を。

ボサノバ。いいな、この曲は。この曲が収録されたCDの持ち主、水野麻希。ちょっと気が強くて、でも本当は寂しがり屋のところもある彼女。どうしているのだろう。頑張っているだろう、彼女のことだから。でも、身体を壊していないといいのだが。そう思いつつスマホの画面を見つめていると、着信を告げるバイブで端末が震え出した。


 ※  ※  ※


一樹?久し振りだね。特に用事はないんだけど、ちょっとメッセージを送ってみたくなったの。元気?」

LINEのトーク欄にそう打ち込んで、えいやっと勢いを付けて送信する。返事、返ってくるのかな。既読付かなかったりして。ま、いいや。それならそれでしかたない。だって6年振りだもの。
LINEを閉じて、スマホのプレーヤーを立ち上げた。今気になっている曲を掛けてみる。

ノスタルジア。柄にもなく感傷的になっているのかな?私は。何だか自分で自分が可笑しかった。笑ってしまえばいいよね。今日も現状は厳しかった。明日もその現実と向きあわなくてはいけない。私に出来ることは、私の手のひらに乗る範囲を大切に扱っていくだけ。

しばし自分の思考に落ちていた私を、スマホのバイブレーションが引き戻す。LINEに新着の通知が出ていた。

「メッセージありがとう。土田一樹です。俺も久し振りに話したいと思っていたところなんだよ。訊いてもいいかな?忙しいだろうけど、休みってあるのかい?」

偶然なのか私のメッセージに合わせてくれたのだろうか。どちらでもいい。まずは、6年振りの会話を再開しよう。そこから何が始まるのか、今の私にはまだ分からないけれど。




  ※  ※  ※


曇り空、その曇天に割れ目が出来ている。そこから射し込む一条の光。それを人は「天使の梯子」と呼ぶらしい。薄明光線という現象なのだそうだ。これはInstagramに写真を投稿している友人から聞いた、聞き囓りの知識。本当のことは少しも分かってはいないけれど、その光が綺麗なことだけは自分にも分かる。

※BingAI生成画像・薄明光線のイメージ

空が晴れたなら、この鉛色も青を湛えるのだろう。そう思いつつ、今日という日、その時間を過ごしていく。

明日は天候が回復の兆しを見せ、時折青空が顔を覗かせるでしょう。

夜、つけっぱなしにしていたTV画面に映された天気予報、そこで気象予報士が明日の予報を告げていた。



【後書きのような】
単独拙稿ではご挨拶のみしか書かぬのが常なのですが、企画(リレー小説)ですので少しだけ。字数が1300字強。皆様の御作よりかなり短めです。エピローグ的なものですので……と言い訳させてくださいませ<(_ _)>
3話まで続き、紡がれた世界観を壊していないか、障りにならぬか、それが気掛かりですが。自分は自分のいろを、と散文調になりました。ご笑覧賜れましたら幸いです。
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ありがとうございました。曇り空にこそ射し込む光、それが絶えることのないことを、ただ拙く祈ります。

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春永睦月
拙稿をお心のどこかに置いて頂ければ、これ以上の喜びはありません。ありがとうございます。