年の終わりは【シロクマ文芸部】参加記事
#シロクマ文芸部 「十二月」から始まる~ 参加します。
十二月。その言葉を聞いて連想するものといえば何だろうか。繁忙期、仕事納め、大掃除、年の瀬、大晦日、等々。
仕事納めと大掃除。これにまつわる笑い話がある。私と同僚は、上司の指示により上役の部屋を掃除することになった。一通り部屋の掃除が終わったとき、何を思ったのか同僚が部屋の壁を雑巾で拭い始め、「あ。これ。ねえ、どうしようか」と私に尋ねてきた。「どうしたの?」と彼女の手元を見ると、クリーム色の壁に雑巾が描きだした白い軌跡が見えている。
「え?……何、これ。この壁ってクリーム色じゃなかったの?もしかして……」
「もしかしなくても。煙草のヤニで変色してたのよ。この雑巾見て?ベタベタしてるでしょ?ヤニくさいし」
「あー。本当だ。次長、ヘビースモーカーだもんね。でさ、あなたはどうして壁を拭いちゃったのよ。中途半端に白くなっちゃったじゃない」
「それねー。今さら止められないよね。最後まで綺麗にするしかないか、これ」
するしかないわな、次長室だもの。来客あるし。
腹をくくって、私たちは上司に報告した。「次長室の壁が煙草のヤニで大変なことになっています。今日一日は、その清掃に専念せざるを得ません」と。状況を見にきた上司は、次長室の壁、その惨状を見て「解った。最後まで拭き掃除しなさい。壁が白くなるまで、時間はいくら掛かってもいいから」と許可をくれた。「どうしようもないわ、これ」そう言い残して。
私が新人と呼ばれた頃の話である。嫌煙権はおろか分煙の概念などない時代だった。部屋に空気清浄機などは備わっておらず、壁の材質は薄い板材にペンキ塗りだけで、壁紙など貼られてはいなかったのだ。そうした頃の状況、21世紀の若人に想像できるだろうか。
かくて、一日がかりで次長室の壁は白に戻った。ちなみに、次長室が煙草臭いのは有名な話であり、掃除に難儀するのは目に見えていたので、掃除が上手いと言われていた私と同僚がその担当になったのである。自明の解であったようだ、この出来事は。
翌日(仕事納めの前日)出張から戻った次長は「壁を塗り替えたのか」と私たちの上司(主任)に尋ね、事の顛末を把握してから一つの決断を下した。「二人には申し訳ないことをしてしまった。私の一存で予算を回せるから、全ての部屋に換気扇を付けることにする」と。
それ以降、次長の煙草が減煙されたのは、言うまでもない。幸いにも、煙草により体調を崩すことはなかったようである。
今は愛煙家が少数の時代、職場で喫煙など考えられぬ話だが、どこか人間らしさも感じられる(喫煙をよしとする意図はない。その点をご理解いただきたい)思い出である。
今年の十二月。みなさまの大掃除はどのような風景をもたらすであろうか。無理なく綺麗に。老婆心ながら、そう願っている。
拙稿題名:年の終わりは
総字数:1113字(原稿用紙4枚相当)
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