『薄水(うすみず)』FanFictionNovel・舞-HiME(静留視点)
二次創作小説(舞-HiME)です。上げることに逡巡しましたが、
筆に恥じるものは一文字もない(文章の稚拙さを棚上げして、ですが)
そう思い投稿します。初出はは2010頃だったでしょうか。
書庫Blogで密やかに収録していたものです。
原作時間枠から2年後を想定しており、
なつきさん・静留さん共に成人済み。同棲設定です。
一部に性的的表現がありますが、私の筆ですので
直接的描写はありません。
……本音を言えば注意書き等を 書くのは何か恥ずかしい。
erotic的に、さほどではないから(苦笑)
上記を含め、拙作はアニメ舞-HiMEの一Fanの活動の一環であり、
公式とは一切の関係がないことを明記いたします。
ご閲覧の際はその点をご理解の上
ご自身の判断に基づいてお読みくださるようお願い申し上げます。
当作も、舞-HiMEとの別れ。別れは新たな出発。
そう思っています、書く時は。
ええんよ。
うち、あんたのこと、好きなんやから。
無理せんで欲しいん、うちの為に。
なんぼでも辛抱するさかいに。
……それがあんたの望むことやったら。
せやのに……時々鋭すぎるん。
普段は鈍ちんなんのになぁ……。
酷い人やわ。
なあ……なつき。
― 薄水(うすみず) ―
「……なあ。どうしてなのか、訊いてもいいか?」
「何ですやろか?……ほんま、いきなりやねぇ、なつき」
「すまん……口下手な上に前置き省いてしまうな、私は。それでさ……静留」
ふざけた振りして後ろから抱きついた。
それだけや。
……それだけて、ゆえへんのやけど、ほんまは。
せやけど。
それだけしか、したらあかんのや。
防波堤崩してまったら……後は決壊するだけやさかいに。
そないなこと、心の中だけで独りごちとった。
うちを振り返らずに、前を見つめたまま、
肩に置いたうちの手に、そっと手を添えて、なつきが言葉を紡ぐ。
「静留はさ。いつも『一枚、紙を隔てている』んだな。
誤魔化しているつもりだろうし、
私は鈍感だから 良く分かってはあげられない。
でも……段々と解る様になった気がするんだ、最近は特に」
「隔てる……?そないな風に見えとるん?……うち」
「ああ。でも……違うのかもしれない」
その言葉を告げて、なつきが一度軽く息を吸った。
その唇を見つめつつ、うちは言葉を繋ぐ。
「違いますのん……?益々解らへんなあ、今日のなつき」
「お前さ……考えた事は無いのか?……お前だけじゃないって」
「え……それ、て……なつき……?」
その名前を呼んだ後は、言葉を継げなくなった。
黒髪が揺れて、綺麗な瞳がうちを捕らえる。
真っ直ぐな瞳。
髪、そして、その心根とおんなじに。
射る様な視線が注がれる。
うちは……それがいっとう好きで、一番怖いんや。
「静留だけじゃない。私だって『欲しい』と思う事は……」
言葉が一度途切れた。
うちの頬に白い指が触れる。
頬に両手を添えた後、なつきの顔が近づいてきた。
「……どないしたん?今日はエイプリルフールやないですやろ?」
「そんな風に言わないで、もう。隠さなくていいから……無理して」
言葉を告げた唇が、うちの耳元に届く。
“ これだけは、はっきり言えるから。私だって……
いや、『私が愛している』んだ。……静留 ”
「……な、つ……」
「……綺麗だよ。月並みだし言われ過ぎてて、
馴れて飽きちゃってるだろうけど」
一度目は触れるだけ。
「……んっ……あかん、よぉ……」
「駄目だなんて……誰が決めたんだ」
二度目はより深く、熱と一緒に。
「……好き。だから解(ほど)いて、心を」
その言葉と共に三度目の接吻が届いて、舌が絡め取られる。
……決壊してしもたら、どないしょ……うち。
せやけど……。
求められて何もせん程、木石(ぼくせき)でも淑女でもあらへんのんや……うちは。
「……好きや……堪忍してな……なつ、き……」
「謝るな。謝る必要なんてない……謝られたら悲しいよ、静留」
告げられる言葉に、腕と舌で縋った。
なつきの両腕がうちを強く抱きしめてきて、背中に想いが奔り抜ける。
電流よりも音波よりも早く。
息が続く限り、息が絶えても離したない想いが。
暫しの時が流れて、うちらの距離が少し開いた。
後悔は微塵もない。
せやけど……箍(たが)外してしもて……
「……ええんやろ、か……」
「いいとか悪いとかじゃないだろう?好きだ。それだけだよ。
それだけで、それ以外は要らないだろう?違うのか……?静留」
「……知りまへんで……?そないなことゆわはって、後で後悔したかて」
「後悔、か。しないよ、そんなもの。……まあ、恥ずかしくはなるだろうけど。後で」
少しだけ離れた唇が告げる。
仄かな挑発と艶の形をそこに覗かせて。
……解りましたわ、なつき。
あんたがそないにおもうてくれはったんなら、ただ一度限りやとしても。
それだけでええ。
それ宝物にして、うちは一生を生きてゆける。
せやから腹括りますな、うちも。
心の中だけでそう呟いて、瞳だけで頷いた。
「私こそが……留めていたのかもしれないって思うんだ。
私の気持ちを。そして、静留の気持ちを。ごめんな、本当に」
鼓膜を振るわせる言葉が届けられて。
「……何度目なんだろうな、静留を泣かせちゃったの。
でも、いいんだよ。私の前だけでは泣いても」
頬を伝う滴を、優しい唇が掬い取った。
うち……いま、極楽におるんやろ、か……
莫迦。現実だよ。それに、朝ご飯作る前にそっちに行くな。
……なっ……睦言て知りまへん、のっ……色気ないわぁ……
知るか、そんなもの。はじめから無いじゃないか、私には……
言葉が途切れ、役者が入れ替わる様に。
「……はぁ、んっ……なつ、き……」
「綺麗だなぁ……ヴィーナスって、こんななのかな」
「……なに、ゆうて、はるん……罰(ばち)当たりますわ……
畏れ多いこと、ゆわんといてぇ、なぁ……」
「まあ、いいんだ……静留は静留だよ。だから綺麗なんだ」
熱が届く。
そして、熱い言葉がそこに重ねられた。
染み渡ってくる至福。
悦楽を底に沈ませて。
それに抗うことは、もう出来ひんかった。
できひんけど……その熱は焔(ほむら)には変わらへん。
理由も根拠もあらへんけど、確信はあった。
せやから……少しだけ解(ほど)いた。
うちの『中』を。
解けた想いが、声になる前の音をうちの喉から零す。
「……ぁあっ……んっ……」
「……辛いのか?……分からなくて、ごめん……」
「せや、ないん……よ……」
「……じゃあ……いいの、かな……?これで」
「……ええ、にきまっとる、やない、の……なつき、なんやからっ……」
「そうか……分かったよ、静留。手、ちゃんと回して」
「せ、やけどぉ……うちっ……」
「……じゃあ、こう思って……私を『抱いて』るって……お願い、静留」
告げられた声に応えたくて、閉じかけた目を開いた。
深い蒼がうちを見つめる。
初めての彩(いろ)を湛えて。
ああ……綺麗やなぁ。
これ以上惚れてまうこと無いておもうとったけど。
甘かったわ……うち。
「……おお、きに……なつき」
注がれる優しさに手を伸ばす。
白い体に届いたうちの両手を、なつきは自分の背中に回した。
「あったかいな……静留」
「……うち、も、や……なつ、き……」
お互いに言葉を交わして、なつきが動いた。
唇がうちの首筋に近づき、囁きが届けられる。
“私はまだ良く分からないけれど。『愛する』事って。
欲しいって思うのは静留の事だけだよ……だから。ありがとう”
“……すき、やぁ……なつ、き……うちがゆわへんと、あかんのんにっ……”
後は。
思いと身体が、熱とひとつになり、融けていった。
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……あれぇ?そないなとこに居てはるん?気ぃ付かへんかったわ。
違います。幻や、これは……静留。
せやの?……嫌やわ、折角逢えたんのに……お母はん。
解ってはるやろ、あんたかて。まだ早すぎるん、此所に来るのんは。
白い光の中で微笑む人。
はっきり顔を思い出すのも難しくなった、最近では。
せやのに。
声、聴こえとるんのは何でやろ。
“……望んだから、やろか。うちが”
“せやない。そないなことかてあるんよ。『生きてく』為の深呼吸やておもうたらええ”
“……はい。元気でやっとりますさかいに。迷惑掛けてばっかやけど。
も少し気張らなあかんておもうとります。せやから― ”
『心配せんで……?見守っててくれはりますか。お父はんと、うちのこと』
『うちの魂ある限りずっとや。静留もお父はんも……静留の大事な人の事も、な』
そう告げて、白い光が微笑んだ。
人型の輪郭がぼやけてゆき、空気との境目が曖昧になっていく。
全部消えてまう前に、うちは告げる。
「ありがとう……ほんま、おおきに。貰った命、大事に遣います……お母はん」
* * *
うちの髪を、何度も梳いてゆく指。
頭を少しもたげて、心配そうに見つめてくる瞳。
黒い髪。
それが見えた後で、視界が鮮明になった。
「……眠ってまったんやろか、うち……」
「うん。眠ってたというか……10分位だよ。大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫てか、平気やよ……おおきに、なつき」
「そうか……泣いてたから、静留。辛いのかなって思ったんだ」
そう告げて、なつきの表情が少し和らいだ。
唇がうちの頬に触れ、撫でる様に軽く動いた。
乾ききらぬ滴の後を辿る様に。
その愛しい人の頬に、うちも唇を返して言葉を告げた。
「せやないん……嬉し泣きですわ」
「何だよ……それ」
いつもやったら不機嫌そうな顔でゆわはるんやろね。
でも今日は……困ってはる。
困らせたないんやけど……嬉し、なぁ。
おまけに。なんやあったかいなぁておもうとったら。
「重かったやろ?……なつき、堪忍。今どけますさかい、うちの頭」
腕枕てゆうか、なつきの肩口に乗っとった自分の頭をどかそうとした処で、
額をぐいっと押された。
「そのままでいろ。静留こそ休まなくちゃ駄目だ」
「ふふ……相変わらず色気がおまへんなぁ……おおきに、なつき。
せやけど疲れはったやろ?……休みはったらええのんに」
勧めて呉れる言葉に素直に従い、そっと身を預けてから、その言葉を告げた。
うちの言葉を聞いたなつきの表情が変わる。
目を少し見開いて、きょとんとした様な。
可愛ええなぁ……ゆうたら怒らはるから口には出さへんけど。
そうおもうて見つめた人から言葉が返ってくる。
「疲れるって、どうしてだ?腕力なら自信あるぞ。バイク乗りには必須だからな」
……真面目にゆうてはる。
ええんやろね、そのまんまの方が。
ずっとそのまんま、綺麗なまんまでおってぇな、あんただけは。
その想いは心の底に落として、なつきに言葉を返した。
「あら。怖いわぁ……お手柔らかに願います、なつきはん」
「……あのな。それ、そのまま返していいか?……静留に」
そのまんまてゆうても……変わらんもんは無いんやね。
それゆうてくるとは考え付かへんかったわ。
せやけど……そやからこそや。
なあ、なつき。
「……藪蛇やったみたいやねぇ……気ぃ付けますわ、重々」
「別に、いい……好きなようにしてくれたら。……望むまま自然に」
言葉のやり取りの最後にそんな言葉を告げ、なつきは俯いた。
白い頬を軽い紅色に染めて。
あんまり可愛らしゅうて、それが。
首元に手を伸ばして、
「……おおきに。好きや、あんただけ……なつき」
その言葉を告げ終えた後で、唇を浚った。
そっと腕が伸びてきて、包む様に抱き締められる。
それに続いて言葉が紡がれた。
「……あったかいんだな……人の肌って……」
「そうどすな。せやから必要なんどす、どんな人かて。……人の温もり」
「うん……朝になったら、さ……」
「……無理せんと。疲れてはるみたいやし、眠たいんのと違いますか?」
「そう、なんだ、けど……言っとかないと、忘れちゃう……ちょっと、待ってて」
「はい……何ですやろ……?なつき」
「静留……朝ご飯、食べたらさ。少し遠出、しないか?……嫌かな、バイクのタンデムは」
「嫌なんて事ありますかいな……嬉し、ほんまに……楽しみやわ」
「そっか……良かったぁ……あり、がとう……」
静かに呟く様な答えが返されて。
なつきの呼吸が浅く、規則的になり、寝息へと変わった。
顔に綺麗な笑みを浮かべて。
「……また言いそびれてしもた……嬉しけど、いけずやわ……
どないして応えたらええんやろ……返せへん、おっきすぎて。
綺麗な笑顔や……勿体ない、ほんま……おおきに、なつき」
眠りに就いてからもうちを抱く腕を放さぬ愛しい人、その顔を見つめて。
零れてしまわぬ様、口の中だけでそっと囁く。
その胸に少しだけ身を近づけ頬を寄せてから、うちも目を閉じた。
……眠れるやろか。
何遍も心配してきたことやけど、なつきの横で。
今夜は……眠れそうやわ。
おおきに、な。
「……だな……はっきり見るの、はじめてだし……」
ふと、聞き慣れた声、いっとう好きやておもてる声が、別の響きで耳に届いた。
「……なつき……。起きてはったん……?」
「うん。起こしちゃってごめん、静留。……何かさ、目が醒めちゃって。
こんなに早く起きたの、子供の時の遠足以来だよ」
微笑みと共にそう告げて、なつきの指がうちの髪を梳いた。
「……綺麗だけど可愛いんだな、やっぱり。静留だって……寝てる時は」
「……見てはったんやね……うちの寝顔」
「綺麗だったぞ?大丈夫、恥ずかしがらなくても」
「恥ずかしてゆうよりもな……初体験に戸惑うてるん」
「はは……何だか空模様が心配になってきたな。
天気予報は晴れって言ってたけど」
「雨雲も吹き飛びます、きっと……
初めて続きで雨降らすどころやおまへんわ」
言葉を交わし合い、瞳が瞳を捕らえる。
視線を逸らす前に、どちらからとも無く笑いが零れ落ちた。
こないな時間て、あったんかなぁ……うちらの間に。
はじめてな気ぃもすんのやけど……あったんかもしれへんな。
……うちが見逃してただけで、ほんまは。
「ああ、堪忍。ぼぉっとしてしもた。はよう朝の支度せんと。
今日はおべんとの分もこさえんとあかんのに。ほな……」
「……ちょっと待って。静留」
「え?あ、はい。何ですやろか、なつき」
うちが告げた言葉に目で頷いた後、なつきが距離を詰めてくる。
「……どない、したん……?」
「何でもないよ。朝の挨拶がまだだって思っただけだ」
その言葉を告げた唇が、
「……ん……」
うちの唇を軽く浚って、離れていった。
「……いけず」
「何でだよ。嫌だったか?」
「嫌なわけおまへん……うちからしたかったんのに。
先越されてしもた……一生最大の不覚やわ、ほんまに」
「はは……じゃあ、返して?……静留も」
「……知らへんよ……誘ってはるん?……朝から」
「意味が分からない、そんな事言われても」
悪戯の彩(いろ)を軽く潜ませて、なつきが笑った。
見慣れた、そして初めて見る笑顔を。
……仕方ありませんな。惚れたもんが負けなんや。
勝負なんて、はなから付いとるんやもん。
……ずっと前から。
「折角のお誘い、無碍にしたら罰(ばち)当たりますな。
ほな……。ほんまに綺麗やね……なつき」
言葉を告げ、黒い髪を指で梳いてから、
「……」
綺麗な唇の端に、うちの唇を軽く落とした。
「……意外だ。それでいいのか?」
「ふふ……出かけるんやろ?せやから、
これ位にしとかんとあきませんのや。
『もっと』お望みですやろか?……なつきは」
「……莫迦。いや……『いけず』って言うのか、こんな時は。
違うな……。阿呆、か。やっぱりここは」
いけずでかまへんよ。
そんなもんやおまへんのやから、うちは。
そう告げて、今度は白い頬を唇で撫でた。
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「……ヘルメットはこれで良し、と。
いいか?遠慮しないでちゃんと掴まってろよ?
じゃないと危ないんだ。一度『峠越え』するんだから」
うちが被ったヘルメットを調整して、なつきが言葉を告げる。
「分かっとります。役得やわぁ……
天下の往来で抱きつけるんやね……夢みたいやわ」
「主旨が違う、主旨が。いいか?
体重乗せて呉れないとバンクの時マジで危ないんだから。
お前は運動神経良いから、そこは心配ないんだけどさ」
そんなやり取りの後、なつきがバイクのシートに跨(またが)る。
うちもその後につづいて、タンデムシートに跨った。
そっと腰に手を回す。
そのうちの手の甲に、なつきの掌が添えられて、
「力入れろよ。じゃないと意味がない」
「……はい。解りました、なつき」
告げられた言葉に答えを返し、細い腰に回した手に力を入れた。
なつきの背中にうちの胸が触れたのとほぼ同時にスロットルが開かれ、
バイクのエンジン音が唸りを上げ始めた。
「……寒くないか?きつくなったら言ってくれよ。
停めて小休止入れるから」
信号待ちで一時停止した時、目の前に座るなつきから声が掛かった。
「さぶなんてあらへんよ……あっつい位やもん……。
気ぃ遣こてもろておおきに、なつき」
言葉に言葉を返し、背中に頬を寄せた。
ふっと軽い笑いが零れるのが聞こえてきて、
「分かった……我慢は駄目だよ?……静留」
その言葉と一緒に、うちの手に軽く掌が添えられて、
グリップへと戻される。
いつもなら寂しおもうんやろな、うち。
……今日はおもわれへん。きっと明日もや。
寂しなんておもえへん、おもたらあかん。
もう二度と。
仰山もろたから、あんたから……なつき。
「これから、なんだから。こんな処で満足しないでくれよ?静留」
「え……あ、はい。分かりました、なつき」
「……うん。なら、いいんだ」
その言葉を合図に、バイクは再び疾走を始める。
……気ぃつかはったんやろか。
つくてゆうより、『感じ』たんかもしれへんね。
「あと30分位で、峠の登りに入るから!」
「はい、了解です。しっかり掴まっときますわ!」
バイクの排気音に掻き消されぬ様、少し声を張った確認を交わして。
うちらはドゥカティの作り出す気流に包まれた。
爆音と沈黙が、今は何より心地ええ、ておもうた。
「空、近いんやね。ここやと。雲も手で掴めそうに見えますなぁ」
「名所とかじゃ無いけど、見晴らしはなかなか良いだろ?」
峠のてっぺんは、思い描いてたんよりも小さかった。
それが、なんや嬉しておもうた。
狭い方が『距離』、意識せんで済むから。
近づいたかて構へん、て理屈つけられるから。
「綺麗だろ?」
「はい、ほんまに綺麗や。空」
「ああ。そして……お前もだ、静留」
「え……?あ……い、嫌やわぁ。お愛想なんて要らへんのんに」
「お世辞じゃない。思ったままを言っただけだよ」
一度うちの顔を見つめてから、なつきの視線が青空へと戻される。
あんたの方やないの、綺麗なんのは。
その思いは音に乗せずに、自分のちっぽけな懊悩を吹き過ぎる風に放って。
なつきに頷きだけを返して、うちも空を見上げた。
「せやけど、意外でしたわ。海にゆくんやろておもうとったんのに」
「ああ……そうだな。今年の『夏』は別の場所で、って思ってるから。
叶うものなら来年も。お盆は帰省するんだろ?……静留」
「せやねぇ。顔見せにゆかなあかんておもうとります、お父はんに。
気になることでもあるん?なつき。都合悪いんやったら日取り変えますえ?
秋かてかまへんのやし、実家に『顔見せ』するのんは」
うちが告げた言葉を聞き留めて、なつきは柔らかい笑みを零した。
「いや、そうじゃないんだ。あのさ、私が一緒だと拙(まず)いかな?」
「一緒て……なつきが京都に?……うちと一緒に?」
嬉しいんやけど……何でなん?
そう問うと、なつきはうちの瞳を見つめて軽く頷いたあと、
「私もご挨拶したいんだ。静留のお父さんと……お母さんに」
綺麗な笑顔浮かべて、うちにその言葉を告げた。
お母はん……?
お父はん、てゆわはるだけでも不意打ちやったけど。
お母はん、て。
「……なんでやろ、か。どないしたん?……なつき」
「迷惑、かな」
「そないなこと、ありまへん。嬉しいわ、ほんまに。
せやけど、なんで急にゆわはるん?お母はんのこと、なつきが」
「うん。……呼んでたから、静留が。……寝言で」
「寝言……?うち、が……ゆうてましたん?」
呆気に取られた、鳩が豆鉄砲を食(くら)った顔しとるんやろなぁ、うち。
そないな事おもいながら鸚鵡返しに言葉を繋いだ。
なつきの黒い髪が軽く左右に揺れる。
そして、綺麗な唇が、
「泣きながら呼んでいたんだ。分かるから……私も、その気持ちは。
だから。これからは『お盆』は京都でって思ったんだよ。
その方が伝わると思う、私の母さんにも」
その言葉を告げた。
緑と樹、碑(いしぶみ)に囲まれた、静謐な場所から沿道へと向かう。
「京都の夏は蒸すな、やっぱり」
「それが夏の醍醐味なんよ?あつないと夏来たて実感、しませんやろ?」
なつきの白い首筋に流れた汗をガーゼハンカチで拭いながら、言葉を繋ぐ。
微笑みとともに「ありがとう」と、うちに告げてから、
なつきが言葉を繋いだ。
「それは……。まあ、分かるんだけど。気温はいいんだ。
湿度が高いのには参る、正直言うと」
なつきの声に油蝉の合唱が重なって響いた。
「あんな、なつき」
「ん?どうした?静留」
「うちかて……暑いておもうんよ。
涼しい顔しとるよに見えるんやろけどなぁ」
「そりゃそうだろ?この暑さに涼しいなんて感じる奴はいないよ」
そう告げて、なつきの指がうちの髪を軽く剥いた。
「でもな……夏の暑さよりずうっと熱いもんがおますのや。
せやからゆわへんの、うち。暑いて言葉」
「え?何だよ、それ」
「言葉でゆうより的確な方法がおますのやけど、ここではあきまへんなぁ。
一言でゆうたら『うちの目の前にいてはるお人』や」
うちが告げた言葉に、なつきは一瞬動きを止めた後、
ふっと軽い笑いを零した。
「あのな……静留。分かってるよな?私だってもう高校生じゃないんだ。
成人してるんだよ?少し位は解るんだから、これでもな」
綺麗な瞳の奥に、少しだけ挑発の彩(いろ)が載せられて、
そんな言葉が紡ぎ出される。
「あら。ほんなら、とりあえずコンビニでも寄りまひょか?
まずはビールでもこうたほうが良さそうやね」
「賛成だ。でも1本で充分だから私。3本でいいぞ?買うの」
言葉を返し、返された言葉に笑みを返して、
なつきの腕にうちの腕を絡めた。
傍らから軽い笑いがまた零されて、軽く身体を引かれる。
あつないのん……?なつき。
とっくに暑い。臨界点超えたら『火も又涼し』だよ。
達観ですかいな。えらいことになってしもたんやろか。
いいよ、そんなの。自分で決めたんだ、私は。
……おおきに。選んでくれはって。
それは私が言うことだよ。ありがとう。
また先越されてしもた。ほんまにおおきに。
「なんべんでもゆわなあかん、うちは。
『ありがとうございます』。愛してますえ?なつき」
「私もこれだけは言えるよ。好きなのは静留だけだ」
高い空と湿度を纏い温(ぬる)い温度を伝える風と。
蝉の声に混じり合い、互いの言葉が互いの心に落ちていく。
京都の夏。
ほんまにあつなるのはこれからや。
そないなことをおもうて、なつきの笑顔越しに青空を見やる。
「汗、かいてる」
言葉を追いかけて、白い指がうちの額に浮かぶ滴を拭った。
昼過ぎの日差しより、何より強い輝きを持った笑顔と共に。
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静留さん。貴女はどう思いますか?
北の人間が綴る京言葉。
似非ではあるけど、少しだけ巧くなったと思うんです。
余談ですが、貴女を連想する曲を記しておきます。
冬ではなく夏であって欲しい。貴女の季節は。そう思いつつも。
色恋粉雪/柴崎コウ 歌詞情報(歌ネット)
貴女をより的確に捉えるなら こちら なのでしょうが、
私にその痛みは描けないし、そうはしたくなかったのです。
そして。貴女達二人を始めとする舞-HiME達に似合う曲、
背景に流れて欲しい曲を。It's only the fairy tale (歌ネット)
アリッサのテーマ曲ですが、
貴女達二人にも共通する美しさと孤独、哀しみが、そこにはあります。
歌詞の邦訳を思うと、その思いが今も胸の奥で雪の結晶の様に光るのです。
梶浦由記さんが舞-HiMEの為に書き上げた曲を、最後に贈ります。
では、どうかお元気で。なつきさんに宜しくお伝え下さい。
「貴女を描けず仕舞いで御免なさい。でも、貴女が大切に思う人、
その一欠片だけは描く事が出来たと思うのです」と。
Haruanga Mutsuki
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拙稿をお心のどこかに置いて頂ければ、これ以上の喜びはありません。ありがとうございます。