【シロクマ文芸部】エッセイ:歩く人。
ただ歩く。
ある友と、そんな時間を過ごしたことがある。
彼女はとにかく歩く人である。交通機関や自動車で移動するのが普通の距離でも、平気で歩く。それは、平素ライターとして座り仕事をする、その気分転換と運動不足解消のためなのか、それとも酔狂なのか。知り合って四半世紀を越えた今になっても、その理由を尋ねたことはない。そして、仲間内でその途方もない距離を一緒に歩いた回数が一番多いのは私だっただろう。私も酔狂な輩なのだ、恐らくは。
ある時、とある神社の裏手を歩いていた時、目の前に多くの赤い鳥居が整然と連なっているのが見えた。それを見て「こういうのって京都みたいで風情があるね」と私が話しかけると、彼女は「うん、そうだね。……あ。思い出した」と言い出した。
「思い出したって、何を?」
「うん。私の父方なんだけど。元々神官を務めていた家柄なんだって。
この前に父からそう聞いたの」
「そうなの。凄いね。じゃあ、旧家なんでしょう?」
「凄いかどうかは分からないけど、古いは古いみたい」
会話はその辺りで終わったので、その後はその話題を忘れていた。その会話から20年余りを経た最近、彼女のお父様が書家であり、著名な展示会で毎年見事な作品が展示されていることをSNSで知ることとなった。
彼女は文筆業で多忙を極め、私もそれなりに慌ただしい。直に会って会話をすることは年に一度もなく、その話題に感想を述べたのもSNSのメッセージ機能を使ってのことだったが、「ありがとうございます。そう言っていただけると父も喜びます」と返答が返ってきた。
ただ歩く。それは筆が熟した今も、若いころと変わらない。父上の偉業を誇ることなくあの時も今も私に対する彼女は、高級車に乗ることなく、今でも交通機関と徒歩で移動している。
その活動をSNSで捕捉する私だが、今度ランチデートが叶った時は、電車を一駅前で下車し、「ねえ、歩かない?」と誘ってみようかと思う。きっと、あの頃と変わらぬ歩幅と速度で私たちは歩くだろう。それが叶った時は。
題名:歩く人 (本文字数837字)
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