足らぬ言葉、届かぬ声【モノカキングダム2024】参加記事
声は記憶の中で一番最初に失われる事項だと聞いたことがある。
昼下がりにインターフォンが鳴った。来客か?それとも宅配だろうか。一瞬そう考え対応が遅れる。
私の斜め後ろに座っていた、いつもは腰の重いはずの人が珍しくすっと立ち上がる。そのまま玄関へと向かった。廊下越しにドアの施錠を外す音と鉄製のドアが開く音、来訪者に対応する様子が聞こえてくる。時間は数分。その後に、静かにドアが閉まる音がした。
「誰だったの?宅配じゃないみたいだけど」
私の問いに眼前の人が僅かに首を横に振る。否は何に対してのものなのか、無言では分からない。この人はいつも言葉が足らない。視線で問うた私を見やり、目の前の人が一言を告げた。
「セールスマンだった。それだけだ」
大丈夫だ、と音にはならぬ思いが聞こえた気がした。
あの人が珍しく来訪者の対応をした日の半年後。いつものように帰宅した人の荷物が少し多かった。買物でもしたのだろうか、帰宅途中で商店に寄り道とは珍しい。そう思ったが、私からはそれを問いかけなかった。
問うたとて無言が返されるだけ。
そう思っていたが、これも珍しく彼から私へ言葉が投げられた。
「これ。買ってみたから」
手付きの紙袋と短い言葉が渡される。つまりこれは——
「私に買ってきてくれたの?お土産と思っていいのかしら」
そう確かめた私の言葉に、彼は無言で頷いた。
珍しい行動を取っても、そうでなくとも、やはりこの人は言葉が足らない。
そんな私たちに苦笑いを浮かべるかのように、小さく赤い苺がショートケーキの白い生クリームの上で微笑みを浮かべていた。
声は記憶の中で一番最初に失われる事項だと聞いたことがある。
はじめて知ったときは「ふーん、そんなものなのか」と思った程度で、強い関心を持たなかった。けれど、今はその事項が気に掛かる。喉に引っかかって抜けぬ魚の小骨のように、心の片隅に引っかかっている。
あの人がこの部屋からいなくなって半年が過ぎた。日々の生活に目立つ変化はない。二人分の食事の用意、それが一人分で済むようになったこと位で。
変わりはしない。
けれど、欠けてしまったものがひとつある。
あの人の声、それがどんな響きだったか、私の中で曖昧になっていく。
それも年月が過ぎるがゆえのこととして、当然だと受け止めたらいいのだろうか。そう思い切るには、何か割切れぬ心が私の奥底にある。
スマートフォンの画面がメッセージ受信を告げるランプを点滅していることに気づく。端末を持ち上げると、
“今週末、時間はあるか?話がしたい”
かつて聴き慣れたぶっきらぼうな言葉が、文字を通して私の耳朶を揺らした。
端末を操作し、私は文字メッセージではなく、通話のボタンを押す。脳内に響く声を自分の鼓膜で響かせたくて。
拙稿題名:足らぬ言葉、届かぬ声
総字数:1122字
よろしくお願い申し上げます。
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