切れそうで切れない線
久しぶりに映画館へゆき、『あざみさんのこと』を観た。「あざみさん」という20代の女性の(小説で言えば)一人称で描かれたような映画だ。「あざみさん」を演じる女優が、冒頭からラストのシーンにかけてひたすら存在しているが、ということは観ているこちらは彼女を通して何かを見ているようなことになる。映画は彼女を撮っているので、彼女を見たり彼女を通して見たりする。映画に映される彼女は映画が進むにつれて、どんどん色っぽくなってゆくと感じる。というより、最初から何らかの色をもっていて、その色を深めてゆく。そう感じながら見ていると、あるところでパッと映像が切り替わり、晴れた日の昼だ、都会の、コンクリートで固められた川の向こう岸を歩いている黒服のふたり(兄妹)が遠景に見えるシーンが出てくる。男女の恋とかセックスとかをすぐ近くに、思う存分見せつけてくる『あざみさんのこと』の中で、「死」を遠景にパッと見せるそのシーンにハッとした。そのあと、「あざみさん」の色はどんどん深まり、切れそうで切れない線のようになった。