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【特集】日常を旅する雑誌『アフリカ』vol.32(2021年6月号)のライナー・ノーツ

もう8月も下旬、発売から2ヶ月がたってしまいましたが、日常を旅する雑誌(なーんて呼んでます個人的な雑誌)『アフリカ』最新号、vol.32(2021年6月号)をご紹介しましょう。

32冊目です。15年で、32冊。多いのか少ないのかわかりません。最初の頃はまだ20代だった自分がいまは40代ですから、時の流れを感じます。2021年に『アフリカ』がこうして生きて、続いているということには信じられない気持ちもありますが、でも、こうして新作をご紹介できて、幸せです。

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とはいえ、相変わらず、表紙には32の文字なく、ただ「アフリカ」&「6/2021」としか書いてないそっけなさで、亀がいます(いつものように切り絵をスキャンして使っています)。

『アフリカ』は特集主義から遠く、テーマを決めて書いてもらうことも(ほとんど)ない。何を書くかは、書き手に委ねられています。切り絵も同様で、表紙も、『アフリカ』に収録されている作品のひとつというふうに思っています。それで、今回はなぜか亀が出てきました。なんか、かわいいでしょ? 私はこの原画(切り絵)が送られてきて、封筒から出てきた時に、「まあ、焦らずにやってゆこうよ」と励まされているような気がしました。表紙の色上質を、この色にしたいと思ったのは、いつもの装幀の守安涼くん。この色を使ったのは、2008年7月の、小川国夫さんの追悼文を載せた号以来、13年ぶりでした。

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※左が、その2008年7月号。もう私の手元にも1冊しかありませんが…

さて、表紙をひらくと、いきなり文章が始まります。『アフリカ』ではよくあることなのですが…

いきなり始まった方が勢いがいい。トビラがあって、目次があって…というのはお上品かもしれませんけど、『アフリカ』ではそんなふうにはしない。2006年に『アフリカ』をはじめてつくった時から、そんなふうでした。

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それで今回は、表紙をひらくと、化粧が行われてます。「洗面台に向かう。」に始まる、UNI「化粧する人」。化粧する人の動作が、3ページに渡って、事細かに書かれています。

このエッセイはじつは今回、編集作業の終盤になってから、ぜひ、とお願いして掲載させてもらったもの。UNIさんはたまに「道草の家の文章教室」に参加して、一緒にワークショップをすることがありますが、「化粧する人」は5月に「“動き”を書く」と題してやった際に書かれたものです。

「化粧する」ということの中にある動作の、この豊かさにぜひくり返し(映像を見ているつもりで?)触れてみてください。

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いつもは目次(がどうなっているか)は、本が届いてからのお楽しみ、ということにしているのですが、今回は特別に…

目次は右ページで、背景の写真は、昨年・秋から今年の春にかけてたびたび参加させてもらった「湘南を歩く人」のワン・シーンから。一歩、一歩の足跡を見ようという気持ちで…それで裏表紙の切り絵(靴跡)を左に置いています。いつものように今回の『アフリカ』をめぐる人たちのクレジットが、ズラッと並んでいます。真面目に見てくださいね、必ず笑ってしまうから…シャレですシャレ。

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目次に続くのは、犬飼愛生「洗う」。犬飼さんの新作詩です。私たちは毎日、いろんなものを洗っていますが、詩の中で犬飼さんは何を洗うのでしょうか。

それから今回は、最近いろいろと付き合いの深い、鎌倉のゲストハウス彩に所々で登場してもらっています。上のページはその一例。

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続いて、宮村茉希「鈴の音」。これは昨年末の「道草の家の文章教室」で、「2020年の夢」と題してやった時に、宮村さんは参加はできなかったけれど原稿だけは書いて、送ってきてくれたもの。

朝、汽笛の音が聞こえてくる町に住んでいる「私」の暮らしは、その港に「一隻の不吉な感染症を持ち込んだ客船」が来て以来、一変します。何の話をしているかは、ご存知の通りですが、これはそうして訪れた現実と、夢の話。

あなたは、どんな夢を見ていた?

目次では、その後に髙城青「地元のスケッチ」がありますが、じつはそのページに「地元のスケッチ」というタイトルはありません。あるのは、地元のスケッチそのもの。それから、そのスケッチに寄せるようにして、いなくなってしまった大切な人との、ひそやかな対話が始まっています。

私もその感覚、ちょっとわかるような気がする。死者の気配を色濃く残す風景を、私もよく見る人だからです。

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次は、下窪俊哉「パパのこども時代」。ここだけ少しフォントが大きくなって、全ての漢字にルビが振られているのは、小1のこどもに向けて書いているから。昨年末、学校でいろいろあって傷ついていた息子に、パパのこども時代を伝えたい、と思って書いて、実際に読んでもらっていたもの。

「はじめて学校の教室に行った日」の話とか、吃音(どもり)のせいで国語が嫌いだった話とか、休みの日の朝は布団の中でいつまでもダラダラしているのが好きだった話とか、妹が生まれてきた時の話とか、パパの祖父母の話とか、泣き虫だった話とか、いろいろあり。

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続いては、三浦善「裂け目」。「今日、シーナは裂け目に出会った。」に始まる短編小説です。中学校から帰宅する際に通る農道で「裂け目」に出会ったシーナは、回想する幼い日の思い出と、家族のこと、学校のことが自身の中で入り乱れて、ある行動に出ます。

「裂け目」から思い浮かべることは、読む人によって、いろいろあるんじゃないかと思います。ただ、この小説では「裂け目」そのものよりも、「裂け目」の周囲にあるものをじっくり描いて、深く感じさせてくれます。その描写の鮮やかさを、ぜひ味わって読んでほしい。そして、そのうちに、シーナが「裂け目」そのものと向き合うことのできる日がくることを、私は願っています。

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「『海のように、光のように満ち──小川国夫との時間』をめぐって」は、そのタイトル通り、今年4月に出したアフリカキカクの新刊『海のように、光のように満ち──小川国夫との時間』をめぐって、著者の下窪俊哉(私)が田島凪さん & 犬飼愛生さんのそれぞれと行った対話を収録したもの。

田島さんとの対話は、「師」とはどんな存在か? と語り合ったもので、今後につながるよい話ができたかも? と自分では思っています。一方、犬飼さんとの話は、その本がどんな本か、簡潔に言い表してくれています。ぜひご一読を。

それに続く、芦原陽子「あなたが顔の一部になった日から」は、顔の一部になった「あなた」についての覚書。コ○ナ禍における息苦しさの一例、と言えばわかりやすいでしょうか。この話が、たとえば10年後、どんなふうに読まれるだろう?(いや、その前に1年後だってどうか?)と考えるのは『アフリカ』編集人の趣味(癖、か)みたいになっていますが、果たして…

10年後、あるいはもっと先の未来に何かを届けようとする時、このような小さな冊子が力を発揮するのではないか、という期待も私の中にはあります。いま、たくさんの人に伝えたい、というのではなく、なるだけ先の未来に届けたい、という方に力を感じてる。それはなぜだろう?(と考えています)

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UNI「夢、ちりぢりの、二〇二〇年」は、「鈴の音」と同様に、「道草の家の文章教室」で昨年末、私の言い出した「2020年の夢」に応えるようにして、送ってきてくれたもの。

これはいちおう小説のかたちをとっていて、書かれていることはある程度までフィクションでしょうけど、作者が普段から感じ、考えているだろうSNS(ここではTwitter)の世界と、生身の生活者としての意見が如実に出ています。そしてそれはUNIさんひとりの意見ではない、もっと広がりのあるものとして感じられます。

『アフリカ』を始めた頃、私の周囲には創作をやりたい、小説を書きたいという人が多かったのですが、作品を書くだけじゃなくて、いま、私たちの暮らしている社会に起こっている問題を提起するようなエッセイをもっと書いておかないか、と思い、話してもいました。が、当時、それは難しい課題でした(若かったからでしょうか、いや、そうではないはずです)。

それがいまでは、小説の中にだって、自然と(その頃、考えていた)"エッセイ"が同居していて、そんな作品を『アフリカ』に載せられるようになっているな、と気づきます。そう思うと、自分にはちょっと感慨深いものがあります。

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そんな『アフリカ』のあやふやなエッセイ主義(?)に、この10年、見事に応えてくれているひとりが、この人、犬飼愛生「キレイなオバサン、普通のオバサン」は、いちおう今回が最終回です。

前回までのあらすじ、コ○ナ禍になりスポーツ・ジムをやめて、youtube動画を使ったダイエットに励んでいた語り手ですが、(ここからが最終回の紹介になります)以前から痛めていた左ひざの痛みがひどくなってきて、ふと、鍼治療に行ってみようと思いつきます。さて、通うことになった治療院は…というのが今回のメイン。いつものように涙あり、笑いありの展開で、どんな境地に行き着くしょうか…?

と、ここで今回の『アフリカ』はおしまい。真虚織り交ぜた「執筆者など紹介」、掲示板的な「五里霧中ノート」、そして最終ページの「編集後記」と続きます。

編集後記を最初に読む人は、けっこう多いようです。今回もそのつもりで、心をこめて書きました。その時々の、読者と、何より未来の私自身(あるいは自分はもういないかもしれない、『アフリカ』からバトンを渡された誰か)へのメッセージにもなっているはずです。

※vol.30までの編集後記は、昨年出した『音を聴くひと』に全篇収録してあります。『アフリカ』というメディアのあり方に興味もった方には、きっと面白いはずですよ。

(じわ〜っと好評の、黒砂水路「校正後記?」を忘れていました。今回も作品と作品の間にそっと忍び込ませてありますが、短い文章なのに、へ〜! ということの連続です。)

さて、その後、何を忙しくしていたのかと言うと、ま、いろいろありましたが、アフリカキカクでは犬飼愛生さんの初のエッセイ集をつくっていました。数日前に入稿したばかりで、来月頭には発売予定。「キレイなオバサン、普通のオバサン」の完全版も、もちろん収録しています。それでもやっぱりドロンゲームというタイトルで、表紙が、また可愛いんだ。

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装幀と、その表紙のイラストは守安涼、中には髙城青による味のあるイラストもあり、校正の黒砂水路さんにも手伝ってもらって、いつもの『アフリカ』のメンバーでつくりました。

この本については、またじっくり書こうと思っています。現在、ご予約受付中。BASEショップにも近々、出します。

お便りは、お葉書でもおメールでも伝書鳩でも何でも、いつでもお待ちしております。ありがたく読ませていただいてます。

『アフリカ』もまた年末には出したいと思っていますが、まずはこの、気のいい亀号を手元に置いて、どうかお元気でお過ごしください。

(つづく)

道草の家の文章教室」と「よむ会」のスケジュール、9月まで決まっています(いつでも密かに参加募集中)。8月は少し休んでいましたが、また再開の予定。他、最新情報はアフリカキカクのウェブサイトをご覧ください。

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