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「でも、そこがいいんですよ」

大磯辺りから、西風の当たりはますます勢いを増した。
烈風の中に、雪を着た明るい富士がそびえている。それを背に、海岸沿いの舗装道路を私達の車は走り続けた。
(永井龍男「蜜柑」より)

守安涼『夜の航海』、ご予約いただいた方へは、今日あたりから届いていると思います(お届け先によっては明日以降になります)。アフリカキカクで文庫サイズの本を、ニシダ印刷製本に頼んでつくるのは初めてのことです。私の手づくりでつくったことはありましたけど。なかなか、可愛いでしょう?(写真ではわかりづらいか…)

『夜の航海』(撮影・守安涼)、夜だ!

守安くんとは大学生の頃からの、『アフリカ』の表紙を"切って"くれていた亡き向谷さんと同じくらい古い付き合いで、知り合ったのは19歳の頃でしょうか。どこかへ行こうとしていて、近所のコンビニの前で彼とバッタリ会って、何か話したような記憶がありますけど、本当に親しくなったのは卒業が近づいてからだったような気もします。

彼はその頃から人づきあい(?)が上手くて、小川国夫さん(小川先生)と呑みに行ったのも彼が先で、私は後。でもまあ一緒に行くようになっていたのか、ある夜、研究室にいてふたりで待っていたところ小川先生には来客があって時間がかかっており、ま、我々は我々で呑みますか、と外に出て歩いていたら、教授のT先生が「しもくぼくーん!」と叫んでる。えっ? と思ったら、息を切らして走ってきて、「小川先生が、ふたりを呼んできてほしいって」と言うので大笑い。その頃のことも、たまに思い出します。

その頃、守安くんが好きだった作家といえば、永井龍男でしょう。彼から聞かなければ、私は、たぶん読むことのなかった作家です。『アフリカ』2008年7月号に彼が書いた小川先生の追悼文にも、その名前が出てきます。

授業のあと、先生とキャンパスを歩きながら、そのころ熱心に読んでいた永井龍男について話してみたことがあった。先生は、「君はずいぶん古いものを読むんだなあ」と笑った。困っているふうにもみえたその反応で、あまり関心がないのかなとも感じたが、いろいろと思っていることをぶつけてみた。永井龍男の書くものは、「生活者としての小説」という感じがする。編集者としてサラリーマンでいることにこだわりつづけたこともユニークだと思う(そんな小説家をあまり知らない)。だから先生とは対極にあるかも。そういうと、先生にはむずかしい顔をされた。永井龍男にはうまくオチる短篇が多くて、その点にはあざやかさがある。しかし、小川先生の小説にオチはない。「でも、そこがいいんですよ」とわたしは言った。先生がまた笑った。

守安涼「どの窓からも海と島々が見えます」より

いま読むと、その後の我々の、いろんなことを示唆している文章のようにも、少し、思えます。

『アフリカ』2008年7月号

当時の彼が書いた小説に、永井龍男に影響を受けた(と私は思っていた)「蜜柑」という作品があって、そこには小川先生らしき老作家が出てくるのです。その原稿のコピーは簡単に出てこないのですが、永井龍男の「蜜柑」は文芸文庫で持っているので、押入(という名の本棚)からすぐに見つけられました。それで今日、四半世紀ぶりくらいに読んでみましたが、一筆書きのような、流れるようなスタイリッシュな文章なんですね。守安くんの「蜜柑」は、もっと小川国夫の初期短篇のように場面、場面をクッキリと描写したものだったような気がする。とはいえ、私は私で、片岡義男を熱心に読んでいたものだから、彼の一時期の作品群を思い出して、何か通じるものがあったのかもしれないとも思えます。

「蜜柑」を収録した永井龍男『一個 秋その他』(文芸文庫)

(つづく)

というわけで、『夜の航海』も、もう発売中です。著者・守安涼が昨年久しぶりに発表した短篇「センダンの向こうに」掲載の『アフリカ』vol.36とのおトクなセット販売もあり。他、下窪俊哉『夢の中で目を覚まして - 『アフリカ』を続けて①』ナドいろいろあり〼


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