12夜◇陸奥のしのぶもぢずり誰ゆえに~源融
陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆえに
乱れ染めにし 我ならなくに
(意訳:遠い陸奥(みちのく)の地で仕立てられる、乱れ模様の織物のように、私の心は掻き乱されています。一体誰のせいでしょうか..あなたのせいでしょう。)
源融(みなもとのとおる) 百人一首
世を越えて語り継がれる風流人、源融。
東北のとある海辺の風景に惚れ込み、鴨川沿いに広大な屋敷を建造し、庭にその眺めを再現した。海のない京都の中心に、大阪難波から日々海水を運ばせて池に溜め、汐を焼き、その光景を愛でたという..。
私が最も好きなお能の演目「融」の主人公。
美しきものを生涯追及した人。雅に傾倒するあまり、気違いじみていた人、といった方が相応しいかもしれない。
恋のせいで心が掻き乱されると詠っているこの歌。そうであろうか。あなたの心は、元から常にさざ波立っていたでしょう..。美に憑かれることは苦しみを伴うはずであるから。
「私のせいではなく、あなた自身の雅をしのぶ心のせいですよ。」私だったらこんな返歌をするだろう。
風雅を愛した貴人。死後も執着が残る狂気の人。二つの姿が語り継がれているけれども、同じものに別の方から光を当てた様子に思われる。
今も尚、お能の中に棲みかを移し、月夜の下で汐を汲み、雅を語り続けていらっしゃる。その趣深く美しいこと、こちらが正気の境を見失う程である。