いつかのあの子へ
転職に際して有休消化期間があったので、北海道を訪れた。北海道に決めたのは、年始に観た『ユンヒへ』のロケ地を巡りたかったからだ。
『ユンヒへ』を観たのは、都内でも雪が積もって歩くのが大変だった日で、シネマート新宿を出てもまだ止まらない涙と感情を落ち着けるため、凍えるように寒いなか無駄にビルの周りをぐるぐるしたのも、今となっては懐かしい。
北海道へ到着して、快速エアポート札幌行きへ乗る。
札幌へは昨年春にも推しグループの単独コンサートで訪れていて、それ以来だ。(ちなみにコンサートは開場1時間前にメンバーの体調不良を理由に延期となった。今となっては良い思い出だ。)
札幌で佐藤水産に寄るために途中下車をして、無事残り3つだったてまり筋子おにぎりを購入。駅の待合スペースで食べたのだけど、千と千尋の名シーン・ハクからもらったおにぎりを夢中で食べる千尋と良い勝負ができるのではと思うくらい、夢中になって食べた。それくらい佐藤水産のてまり筋子は美味しいので、札幌を訪れる機会があったら必ず食べて欲しい。
札幌から再び快速エアポートに乗り、小樽へ。
もし、『ユンヒへ』のロケ地巡りをする方は進行方に対して右側に座って欲しい。そうすれば、映画冒頭のユンヒとセボムが電車に乗って眺めている景色を見ることができる。(私は何も考えず左側に乗り、右側の楽しそうなおばさまたち越しに海を眺めた。年を重ねても友達と旅行できるようにありたいと、きゃっきゃするおばさまたちを見ながら思った。)
スマホの充電の減りが想像以上に早く、スマホを頼れなくなるとロケ地どころかホテルの場所すらわからなくなると思った私は、電車の中でどうしてあれほど自分が『ユンヒへ』に心を打たれたのかを考えていた。
人にすすめる時、たいてい映画の宣伝やさまざまな媒体で使われているような表現で説明していたけれど、そこへ自分の感想を挟むことがずっとできずにいたのだ。
少し話は逸れるけれど、私は失敗というものが怖くて、自分にそれなりの能力も才もないのに完璧主義だけが先走ってしまい、20代を迷走した。失敗や迷いを、恥ずかしいものとして押し込めて、蓋をしようとすればするほど、前に進めなくなる。進めなくなるたびに道を変えようとしたが、根本が変わらなければ一定以上からは前に進めなくなるのは想像に難くない。
最近ようやく自分の完璧主義が足を引っ張り続けてきたことに気付けて、今では失敗も迷いも自分の一部であると思えるようになった。
(ちなみにこれはPodcastの『OVER THE SUN』のおかげによるところもある。自分より年の離れた人生の先輩たちの、多種多様な経験ーそれも全てが美しくかっこいいわけでは決してない。番組を聞いているうちに、失敗して当たり前なんだと思えるようになった。)
だからこそ、『ユンヒへ』の最後、ふたりが再会した後、またそれぞれに別々の道を歩いてゆく姿が胸を強く打ったのだ。
私は自分が他者に対して性的欲求を抱かないアセクシャル、かつ、恋愛感情に関しても長い時間を過ごし精神的に強いつながりを抱いた相手にしか抱かないデミロマンティックだと、ここ数年で気が付いた。
もっと早くに気付けていれば、違和感を押し殺す苦しさも、無理やり順応しようとする苦しさも、避けてこれたかもしれない。
もっと早くに気付いていれば、今もあの子と友達だったかもしれない。
そういう後悔を、気付いてからずっと引き摺り続けてきた。
物語の最後でユンヒとジュンは再会する。ジュンはユンヒが憧れの対象であったこと、ユンヒを愛したことを「恥ずかしくない」と手紙の中で書いている。確かにふたりの愛はそこにあって、それは「恥ずかしくない」と胸をはれる、誇れるもの。
けれど、ふたりは再会したあと、明記はされていなかったが、再び恋人という関係性に戻りはしない。(ソースを忘れてしまったのだけれど、カットされたシーンのなかにジュンがリョウコと関係性を築こうとする話があったらしい。)
かつて愛し合ったふたり。ふたりのせいではなく周りからの差別によって離れざるを得なかったふたり。
再会した後も、きっと連絡を取り合うのだろうけれど、別々の人生を歩む。
もしかしたら、100点のハッピーエンドなら(そんなもの、そもそも存在しないかもしれない)、再会したふたりは再び恋人に戻るのかもしれない。
けれど、ふたりは元の恋人という関係性には戻らなかった
過去を振り返って(もっと早くに自分のセクシャリティに気付いていれば)と思うばかりだった。だけど、その後悔の念は、私にとってあの子と出会えて、大事だと思えたことにまでも、影を落としてしまっていた。
私も「恥ずかしくない」と思いたい。ジュンのように。
あの子と馬鹿みたいに笑って、悔しくて泣いて、辛くて弱音を溢しあった日々を。そしてこれからも「恥ずかしくない」と自分の気持ちを大切にできるようにありたい。
ずっと一緒にはいられなくて、それでも人生は続いていくし、生きていかなければいけない。でも、生きていればまたどこかで会えるかもしれないし、会えなくても、一緒にいた日々があったからこそ、今の私がいる。
これからの自分のありたい姿に気づかせてくれたから、自分のなかで大切な作品となった『ユンヒへ』。
おかげさまで、秋の北海道の美しい景色も見ることができて、改めてこの作品に出会えて良かったと心から思った旅だった。