家族と、家族じゃないの境目ってどこ? 新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』
土井裕泰(どい のぶひろ)さんの魅力が松花堂弁当のように詰まった作品が、2025年1月2日にスペシャルドラマとして放送された。タイトルは『スロウトレイン』。
っていうか土井裕泰って誰?というそこのあなたのために少し説明すると、土井さんはTBS所属のドラマ演出家である。古くは『オレンジデイズ』『愛していると言ってくれ』『ビューティフルライフ』、最近だと『空飛ぶ広報室』『逃げ恥』『カルテット』映画『花束みたいな恋をした』などを手掛けている。
少しは偉大さが伝わっただろうか。
そんな土井さんが演出したという『スロウトレイン』。脚本は『空飛ぶ広報室』『逃げ恥』で土井さんと組んでいる野木亜紀子さん。こちらもヒットメイカーである。そしてキャスティングの豪華さがまた笑ってしまうほど。
主演:松たか子
もうこれだけで強い。この1点で観るのは確定なのだが、彼女のきょうだい役として多部未華子さん(『兎、波を走る』ではアリスとアリスの母だったのに!)、松坂桃李さん。舞台は鎌倉と釜山だという。
楽しみで仕方ないドラマのあらすじは、TBSのホームページから転載させていただくことにする。
あらすじ
作品の魅力について
その1:土井裕泰さんの画と音づくり
鎌倉と釜山は、似ている。
似ている、ということを海側から陸地に近づくカメラワークだけで示してくれる。あとは、都子(多部未華子さん)の”サブリミナル芝居”のみ。
…と思っていたら釜山の店の名前が「かまくら」って。そこまで説明しなくても分かるよ、土井さん。と言いたくなる。けど、「かまくら=ふるさと」と考えると、「ふるさと」と「出汁」ってつながりは、なんだかホッとする。
渋谷家の日常も、丁寧に映像で描かれている。家に2人しかいないのに、葉子(松たか子さん)と潮(松坂桃李さん)は同じ食卓を囲まない。潮は食卓でご飯を食べる。葉子はリビングでテレビでお笑い番組を観ながらビール片手におかずのみ。微妙で絶妙な距離感。渋谷家のいつもの風景。
日常に根付く江ノ電の音までもが、いとおしく思えてくる。
その2:キャスティングのバランスが絶妙
主演に据えられた松たか子さんは、何でもありな人。女優界の大谷翔平と言っても良い彼女の妹役に多部未華子さん。弟役に松坂桃李さん。このあたりのバランス感覚が信頼できる。
それだけではなかった。
松さんの同僚の女性役が池谷のぶえさん(ついこの間『桜の園』でドゥニャーシャやってらっしゃいましたよね?振り幅どうなってます?)。バーのマスター役が古館寛治さん。作家・二階堂役にリリー・フランキーさん。
そうかと思うと、盆石の指導をしてくださっているのは本職の方とのこと。
ツボをおさえた効果的なキャスティングが素晴らしい。
その3:野木さんの脚本が良い
数々の野木さん脚本作品を観ているけれど、本作も良かった。個人的には前作『海に眠るダイヤモンド』より好き。
野木さんの好きなところは、別に刈り取りきらなくてもいいのに巻いた種はすべて刈り取るところ。エンターテインメントとして観ていて気持ちよい。具体的に挙げるとキリがないので割愛するが、サービス精神豊かな方なのだなと思う。
他に好きなのは、百目鬼(星野源さん)が渋谷家に訪れる場面。ここから極楽寺駅へ彼を送っていくまでのところで、星野源さんの役者としての素晴らしさ・松たか子さんのコメディからシリアスまで何でもありな魅力が詰め詰めになっている。
「決めた、あいつ殺す」から葉子が百目鬼のマンションへ突撃する場面も好きだ。「殺す」と物騒な発言をしていた葉子の心がほぐれ、結果として百目鬼の潮に対する本音も飛び出す。2人はまだ家族じゃないんだけど、家族に1歩近づいた感じがする。ここにも役者としてのお2人の魅力が満載。
作家の二階堂(リリー・フランキーさん)がバーで、葉子から「先生の『カモメ』は佳作です。素晴らしいけど、傑作ではない」と告げられる場面。傑作を最新作にして引退したいという二階堂に「先生はまだ死にません」という葉子。二階堂と葉子の関係に、土井さんと野木さんが重なる。野木さんは、土井さんに「やめないで」とメッセージを送っているのだなと感じた。
その4:盆石に閉じ込めた宇宙は、盆石でなくても宇宙
侘び寂びの「寂び」は、かつて三浦春馬さんが「経年美化」という言葉を使って表現した概念と同じものだと思っている。主にプラスの意味で使われるが、「寂しい」と同じ字を使うことにタイプしてみて気が付いた。
どんな時に「寂しい」という感情を抱くかは、人それぞれ。
誰かが隣にいないと寂しい。
隣に誰かがいても、話が通じないと寂しい。
隣にいる誰かと、思いが共有出来てないと寂しい。
葉子に、「寂しい」はあるのだろうか。
自然に向き合い、写真を撮る葉子はすがすがしい顔をしていた。まるで自然と話が出来ているかのように。
盆石に描かれる景色は枯山水の庭園のようだけれど、実際はもっともっと自由なんだろうと思う。美しい自然と刻(とき)を盆に閉じ込める。葉子は不器用だから盆石を習うかどうかは微妙だけれど、盆の上でなくても写真は縮景芸術と言えるのではないだろうか?と勝手に思う。
盆石であれ写真であれ、縮景芸術には人生そのものが閉じ込められている…。葉子や都子や潮や百目鬼の。そして、名もないひとたちの。
その5: 葉子のモノローグ!
盆石アンソロジー・ビジュアルブック(仮)の編集に向けた“雑用”に精を出し、中華鍋ではなくテフロンのフライパンで料理をし、江ノ電の通過音に耳を澄ます葉子。日々をそれぞれ営む渋谷きょうだい3人の様子に、葉子から両親に向けた手紙の形でモノローグが入る。
これが、すごく良い。
日常を綴る感じで、過度に感情が入っているわけでも冷めているわけでもない、わずかな温かみのにじむモノローグ。松さんの声が心地よい。耳に届いた言葉がすっと頭に染み込んでいく。
すべらかなレールの先にあるものは、どんな景色なんだろう。
家族って、なんだろう
家族ってわからない、と都子は言う。葉子と潮は家族というよりきょうだい。ユンス(チュ・ジョンヒョクさん)の家族とは違う、とは彼女の弁。
インスタの更新が5日間滞ってることを心配して、日本から飛行機で2時間飛んできて「近いじゃない」と言ってくれるのは、確かに家族だけだろう。
では、LINEがなかなか既読にならないのはどうだろう。
邪険にされると寂しい思いを抱くのは、どうだろう。
居場所がなかったら、どうだろう。
ハレの日の料理を一緒に食べて、美味しいと笑いあうんじゃなく
普段着の料理を一緒に食べて、美味しいと笑いあいえたら、どうだろう。
お正月を迎えた渋谷家のリビング。ソファで寝てしまった葉子が目を覚ますと、都と潮がちらし寿司の用意を進めていた。ちらし寿司は渋谷家の正月料理の定番。ユンスが言う。韓国のお正月にはおもちのスープを食べるのだと。
おもちのスープが、正月の渋谷家の定番料理にこの先加わる日がいつか来るだろう。ローストビーフが加わる日は来るだろうか。
新しい家族のかたちは、そうやって作られていくのかもしれない。