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決戦の日を前に 都内近郊中学受験のリアル 漫画『二月の勝者』

君たちが合格できたのは、父親の経済力、そして母親の狂気


一巻の冒頭、主人公の塾講師・黒木蔵人が合格した子どもたちの前で、放つ一言だ。

「経済力」がどの程度親に必要かは、漫画中で具体的に語られる費用(高い塾なら6年生で年間約200万の塾代)と、翌年からかかる学費と通学にかかる費用を想像してみることで、わかって欲しい。

この漫画では、中学受験に挑む子どもの心の機微と、それを支える親たちの戦いを描き、中学受験(都内・関東圏)という場のリアルを読み手に提示している。

書こうかどうしようか迷ったが、私は中学生・高校生の子を持つ親である。この漫画に出てくるヒリヒリしたあの感覚を、リアルに経験した一人として、本作の内容と私の経験したことについて、紹介してみようと思う。

1.4年生・5年生のリアル

都内近郊で私立中学を受験しようと思う子は、遅くてもたいてい小4(まれに小5からスタートする子もいるが、統計的にはきっと4年生スタートが主流だろう)から塾通いを始める。都内の共働き家庭にとっては、4年生というのは学童の終わるタイミングでもあるので、預け先として塾を学童代わりに考える人もいるだろう。

だが、お勧めしない。都内近郊の中学受験はそう簡単に足を踏み入れていい領域ではないし、気づいたときには止めることもできなくなっていることが多いからだ。

では目標をしっかり決めて参戦するのかというと、そういうわけでもない。そもそも、4年生で入塾した時点では、成績が安定しないので、どこまで手が届くか分からない。

少なくともこの時点で、塾通いを嫌がらず、楽しんで塾の宿題をこなしているような子であれば、可能性はあるのでしばらく様子を見て、受験するしないを判断しても良いと思う。

女の子の場合、都内の中高受験事情がかなり特殊だと聞いている。中学受験を検討せざるを得ないと思うが、自宅からの距離など検討すべき要素も多いし、成績が安定してから学校を訪問して、のんびり考えても問題はないだろう。

親の気持ちもこのころは、のんびりしたものだ。ただ、振り返ると「勉強したことの積み残しを作らないこと」がとても大事だったように思う。苦手なところ、できていないところの把握と、出来るようになるためのモチベーションの維持。実は中学受験で一番大変なのは、こういうところを親がサポートしなくてはならない点だ。個別指導ではない中学受験塾の場合、よほど成績が良い子でもない限り、手厚いサポートなど望めないからだ。

「二月の勝者」は6年生(正確には塾の新学年は小5の2月から始まる)のスタートからを描いているので、4年生と5年生の間、子どもたちと親がどう過ごしてきたかについては、描かれていない。ただ、子どもたちの様子から想像は出来る。成績の良い子はそれなりに。成績の悪い子は、すっかりやる気を失っている。

2.6年生のリアル

成績別にクラスが分けられる、中学受験塾。
「二月の勝者」でも描かれているが、成績の良い子のクラスは、それなりに明るいし、やる気に満ちている。

「二月の勝者」では、秋ぐらいまでの間に、各家庭で繰り広げられる小競り合いや、子どもの葛藤と成長が描かれる。島津家のケース(教育DV)以外は、「あるある」ではないかと思う。成績が急に伸びる子、横ばいだがヒリヒリと自らを追い込む子、成績が落ちて泣く子。実にリアルだ。

ただ、それも秋に入る頃くらいまでだ。この時期の成績は、とても現実的な対処を迫られるものだからだ。現実を無視して、持ち偏差値より10も上の受験校を目標に掲げていた子も、ここで現実を直視せざるを得なくなる。

子どものメンタルを支えると共に、親のメンタルも試される時期だ。加えて、ここからは家族全員のインフルエンザ予防接種などの、健康管理や具体的な受験校の設定、スケジュール計画を立てなくてはならない。

中学受験校の選定と受験計画立案が大変なのは、合否がかなり、子どものメンタルに影響されるからだ。いわゆる本命校の前に、いくつか前受校を受験することになるが、その結果によって、安全パターンに受験校を変えたりしなくてはならないのだ。

小学生に、「全落ち」の経験をさせるのは、メンタル的にかなりきつい(と大人の側は思う)。何せ、いろいろあっても3年間塾に通って頑張ってきた結果だ。それに小学生には挫折の経験がほとんどない。子どもは自分が受験に落ちるなんて考えてもいない。とても楽観的なのだ。実際には7割の子どもが第一志望に合格しない中学受験にあって、自分は残りの3割に入るものと思い込んでいる。

6年生になってからは、塾通いは週4回。後半はほとんど毎日塾に通う生活の中で、「どこかに受からせてあげたい」という気持ちが生じてしまうのが、親心というものだ。このあたりから、親も「狂気」を帯びてくる。

終わりに

漫画「二月の勝者」の作品中では、まだ11月。親も子も胸が張り裂けそうな、胃が締め付けられるような思いを経験する直前だ。

ここまで読んだ中学受験未経験の方の中には、何故そんなきつい思いを12歳の子どもにさせるのか、しかも親も辛いならやめれば良い、と思う方もおられるだろう。

やめても大丈夫な環境なら、やめて良いと思う。公教育がきちんと機能している地域にお住まいなら、何も気にしなくて良いだろう。高校受験の選択肢がたくさんあるなら、それも良いと思う。

ただ、私は「二月の勝者」作品中で黒木蔵人が言う、「凡人こそ中学受験すべき」と言う意見に賛成だ。枕詞として「都内近郊在住の」が付くけれど。

なんらかの能力に秀でている人というのは、どんなルートを辿ったところで、最終的に頭角を表してくるものなのだ。だが凡人はそうはいかない。環境を整える事で、一つ上のステップに上がれるチャンスを増やしてやる事が可能なら、それをしてやるのが親心というものだろう。

「二月の勝者」の作者である高瀬志帆さんは、この漫画の前にも、日経DUALで中学受験家庭の事情を描く漫画を連載しておられた。おそらく、綿密な取材を経て作られたこの漫画が、私のような経験をした親の心を揺さぶるのは、当然かもしれない。

私には、「二月の勝者」に描かれている子どもたちが、まるで知り合いの子どものように感じられるのだ。明日は2月1日・都内私立中受験の始まる決戦の日。朝起きたら、漫画の中でこれから受験を迎えるあの子たちに、「がんばれ!」と心の中でエールを送ろうと思う。

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