褒める、流れる。 コミュニケーションの一般原則
もう一回、方法論について書くぞ。
これは現状の俺の最先端だから、これから変わっていくと思う。だから、後から読んで、いろいろ批評してくれたらいいなと思う。
でも、とりあえずなんでもいいから、最先端を一回言語化しておきたい。じゃないと気持ち悪い。
コミュニケーションの一般原則について。
要点は2つで、褒めろ、あと、流れろ。
まあだらっと書いてこう。
まず、人間関係とかコミュニケーションの最終的な目的は、個々人が自分の利益を得ること、とする。
どんな利益か、ってのはいろいろある。たとえばお金をくれるのかもしれないし、クリぼっちを回避させてくれるのかもしれないし、コミュ力があるってアピールになるのかもしれないし、ここで具体を網羅することはできないと思う。
でも逆に、自分に対してめっちゃ悪口言ってくるとか、何か物を盗むとか、自分勝手で人を振り回すとか、そういう人たちには基本的に近寄りたくないじゃん?
つまり、自分に不利益をもたらす人間には近寄りたくない、ってのが普通の感じ方で、この対偶は、近寄りたいのは自分に利益をもたらす人間、ってことになる?こんな綺麗に立式できるか?なんかズレてる気もするな。
まあでも、言いたいことはこれだな。
近寄りたいのは自分に利益をもたらす人間。
で、これをもうちょっと考えよう。
1番簡単に他者に利益をもたらすには、何が有効か。
他者に利益をもたらす方法はいろいろあると思うけど、俺が現状思うコスパ最強は、褒めること。
人間って俺を含めて単純で、褒められたら嬉しい。褒めてくれる人と一緒にいたい。
そんで、これって単純だからって軽視しがちだけど、褒めることってすごい効果あるのよな。
ということで、褒めることは常に意識した方がいい。相手に対して利益を出す、最も簡単で効果が出やすい方法だから。
次に、流れることについて。
コミュニケーションで、褒めることが大事だ、ってのは書いた。が、しかし、これ以上コミュニケーションを意図的に設計したくないんだよな。
ていうのは、最近になって、コミュニケーションの計画不可性を強く感じるようになったから。
もっと分かりやすくいうと、今日はこういうふうにコミュニケーションしよう、って事前に立てた計画に沿ってコミュニケーションしようとすると、ぎこちなくなって、つまんないことになるのよな。失敗する、と言ってもいい。
でそれは多分、コミュニケーションってのが、そうやって事前に計画してその通りに行く、みたいな物じゃないんだろうな。
相手のその時の気分とか、俺との相性とか、いろんなもんがあってコミュニケーションってのは成立する。で、それは事前に考えたり知ることが難しいし、でも影響がすごいでかいのよな。
てことで、事前にコミュニケーションを設計するのはやめた方がいい。と最近失敗していろいろ感じるようになった。
というところで言うと、あんま何も考えないで、自分が何を言うのかもよくわからない、くらいで喋ってた方がいいのよな。
その場に存在するコミュニケーションの流れを汲み取って、それに合わせると。
あんまり盛り上がらないなら無理に話さなくていいし、相手が話したそうだったら聞けばいいし、なんか話したければ、なんか聞きたければこっちが口を開けばいい。無理しない、ってのがすごい大事だなと。
そうな、やっちゃいけないのは、無理して喋ろうとすることかな。1番寒い。
で、その中で、相手に何か褒められるところがあるな、と思ったら、それを褒めればいい。そこは唯一、ぼーっと喋りながらも、意識するポイントではある。褒められるな、と思ったらすぐ褒めること。
なんか、結論としてはすごい簡単になったな。
無理に喋ることはやめよう。それはやっちゃいけない。
自然な流れに沿って、恥ずかしがらずに喋りたいと思ったら喋ろう。そして、褒めるところを見つけたら、恥ずかしがらないで褒めよう。
これ以上でも以下でもないなと。
無理に喋ることと、恥ずかしがって一歩踏み込むのをやめる、って2つがやっちゃいけないこと。
反転すると、自然な流れに任せること、が大事やなと。
なるべく相手にポジティブに、ってのはあるんだけどね。じゃないと褒めるところとか見つからないし。
なので、書き直そう。
まず最初は、相手にポジティブになるために、褒めるところを探そう。
その上で、喋りたいと思ったら、恥ずかしがらずに喋ろう。褒めるところを見つけたら、恥ずかしがらないで褒めよう。
恥ずかしがらないこと、無理に喋ろうとしないこと。やっちゃいけないのはこの2つ。
自然な流れに身を任せつつ、ただ最初にどの流れに身を任せるかは選ばないといけない。相手に対してポジティブに、ってところに身を委ねないといけない。