自分の外見が気になる人へ
俺が外見を気にしてるのは結局、いい彼女ができるか、その子と幸せにやっていけるか、ってところだと思うんだよな。
であれば、3つ、あるな。
これ選んで満足してる幸せって総合力と、他人に負けてもやるしかないってことと、あとはまあパッケージとしては俺だから、俺を選んでくれる人としか上手くいかないし、だから俺が他者のニーズ合わせようとしても無理があるなと。
まず、総合力な。
料理みたいなもんだなと思う。
目の前に、マックのテリヤキバーガーと俺が自分で作った肉野菜炒めがあって、どっちを選ぶか。
美味しさだけで言ったら、照り焼きバーガーかもしれない。
でも俺はたぶん、肉野菜炒めを取るんだよな。
たしかに、美味しさだけで判断したらテリヤキバーガーかもしれないけど、でも肉野菜炒めだって十分美味しいし、栄養もあるし、そんなにお金もかからないし。
だから、総合的に見て、肉野菜炒め。
肉野菜炒めを選ぶ方が、食べて満足できるし、幸せだなと思う。
そういう意味で、外見ってのは美味しさみたいなもんだよな。
かっこいい、ってだけで選んだら、まあ俺はいろんな人にそれはもうたくさん負けると思う。
だけど、どんだけ相手を幸せにできるのか、ってのは、なんかいろんな要素があって。
最終的に、俺を選んで良かった、もっとかっこいい人は他にもいるけど、でも俺を選んで満足してる、幸せ、って言ってもらえたらいいなと。
これが2つ目に繋がるけど、何かで人に負けたからって諦めるわけにはいかなくて、俺なりに頑張りたいよな。
俺よりかっこいい人はいるかもしれない、ってかいる。普通にいる。
けど、だから俺が外見に気を遣わなくていい、ってことではない。
ちゃんと、俺にできるだけなるべくカッコよくはしたいよな。
歌舞伎町とかにいると、かっこいい人結構いるからそれと比べて凹んだりするんだけども。
でも、負けたからって、全部投げて諦めていいわけじゃない。
俺はなるべくカッコよくいたいよな。
他人に負けたとしても。俺は俺でなるべくカッコよくいたい。
それを踏まえて、3つ目。
パッケージの問題。
俺は結局俺だから、ホストみたいに、前髪を下ろしてカワイイカッコイイ、みたいのは多分できないってか、あんま似合わないんじゃないかなと思う。
試したことはないけど、でも多分そうだと思う。
てなった時に、そっちになりたい、って思うのはいいんだろうか。
思ってもいいのかもしれない、けど、でもな。
結局のところ、俺は世界から与えられたものがあり、それを最大限に伸ばしていく、ってことなんだよな。
俺の顔、俺の体、俺の声、俺の居場所、俺の考え方。
そういう色々与えられたもんがあり、俺はそっから思いっきり離れたことをしようとしてもまあできなくて。
だし、それはそれでいいと思うんだよな。
裏を返したら、俺から遠いもんを与えられた人は、俺と同じことはできないってことだろ。
だからいいんじゃないかな。
お互いに代替できないってことで。
要は、俺ってパッケージはまあ最初からあって、それを好きになってくれる人といればいい。
纏めようか。
俺ってパッケージは所与であり、人それぞれにパッケージはあって、あまりにも遠いものの代替はみんなできない。
だから、そのパッケージの中で、それぞれ総合力を伸ばしていけばいい。
パッケージの中身とか、何を伸ばすのがいいか、ってのはそれぞれあると思うけど、何にしても、最大限に伸ばしていくしかない。
他人と比べて、とかはしなくてよくて、与えられたものを最大限に伸ばせばいい。
そんで最終的に、自分のパッケージに入ってる伸ばしたもんを全部使って、誰かを満足させて幸せにするんだ。
パッケージに入ってるもんはそれぞれ違うから、それでどんな人が幸せになるかってのもそれぞれ違うだろう。
でもそれは、そういうもんでいいと思う。
他のパッケージとかその中身に憧れる時もあると思うけど、それに成るのは無理だから、自分の与えられたパッケージを引き受けて、それを最大限に伸ばしていく、そしてそれが幸せにできる人を幸せにすることに努める。
そこに全てあるような気はするな。
そんで、その努力をちゃんとやってるのであれば、それは結実すると思うよ。そういうもんだと思う。
またヴェルトガイストの話になったな。
まあそういうもんか。