『スビックの野良猫』
「野良猫に餌やり禁止」
ここ最近、そんな看板を見ることが増えた。別に野良になりたくて野良になったわけではないのに、と思いつつもその公園からは少し距離を置く。
最近気に入っていた公園だったのに。
その公園は日当たりが良い。特に端っこに置かれた黄色いベンチは、昼寝にもってこいの特等席だった。人間も全く来ない。都会の喧騒の中、人間にほとんど会わずに済む場所は珍しかった。
だが、「野良猫に餌やり禁止」の看板がある以上、ここを去らねばならない。去らねばいけないほど、飯に苦労しているわけではない。だが、なぜか心に引っ掛かりを覚える。だから「野良猫に餌やり禁止」の看板が立った場所からは去ると決めている。
野良猫は、しばらくこんな場所には出会えないだろうと、陽に照らされた黄色いベンチで昼寝をし始めた。
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「スタスタスタ、、、」静かに近付く僕を見て、みんなが遠ざかっていく。大人、子ども、男の人に女の人。もしくはそれ以外のナニモノであっても。
ここは、フィリピンのスビック。
フィリピンの中ではけっこう賑やかで、いろんな人たちが海を楽しみにおとずれる。ぼくが暮らすところの近くにある海にも、細長くて先がとがった板を持った大人たちがたくさんくる。その人たちは見たことのない肌の色や目の色だったりもする。
巷では、この辺りで歩き回るぼくのような子どもは、ストリートチルドレンと呼ばれているらしい。英語は理解できるおかげで、大人たちがそう言っていたのを理解できてしまった。
その大人たちの話によると、ぼくたちのような"ストリートチルドレン"にお金を渡すと、お金を渡した側が罰を受けるんだって。だから、みんな僕たち"ストリートチルドレン"を避けていくんだって。
何かひどいことでもしてしまったのではないか、と心がいたい日がつづいていたけれども、もう慣れつつある。ここではない何処から、ここにくる人たちの世界には、ぼくたち"ストリートチルドレン"は存在しない、いや、してはいけないのかもしれない。
だから細長い板を避けるように、ぼくたちは誰もいない暗い方へそーっと2本しかない足を進める。
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「"野良猫"に餌やり禁止」
野良猫は、フア−−っとあくびをして、もう一度建てられた看板に目をやる。さあ、次はどこの公園を住処にしようかな。確か、二丁目の方にもこじんまりとした公園があったよな。ただ、人の通りが多い場所にある公園だからな。
そんなことを考えながら、ぼーっとしていると、人間たちがぼくを見つけて近づいてくる。どうしてだろう、近づいてくれる人がいても心なしか哀れな気持ちになる。手放しに喜べない、そう思ってしまう。
頭の中をそんな葛藤が支配している。だが、まずは居心地の良い公園探しが第一だ、と二丁目の方向へ野良猫は四本の脚をすすめる。
暖かな人間の手が頭に触れる感覚がいやではないのだけれども、どこかモヤモヤした気持ちが頭から離れない。